
(1949/田村隆一訳、
ハヤカワ・ミステリ文庫、1984.4.15)
ノン・シリーズものの一編です。
小論文の採点に疲れて
ちょっとひと休みのつもりで
目を通し始めたら
あまりに読みやすくって
あっという間に読み終えました。
実はこの作品
今回、読むのが初めてです。
というのも、
何かのエッセイでか解説でか
本書の犯人(の設定)が
明かされていたため
買ってはあったものの
なかなか読もうという気には
ならなかったのでした。
クリスティーの小説は
犯人が分かっていて読んでも
面白い場合もあるのですが
(そして本書もそうでしたが)
やっぱり最初は犯人を知らずに
読みたいものですしねえ。
それはそれとして
今回の作品は
物語の出だしに
たいへん引きつけられました。
チャールズ・ヘイワードという外交官が
赴任先のエジプトで
外務省の出先機関に務めている
ソフィア・レオニデスという女性と知り合い
恋に落ちます。
恋に落ちるんですけど
すぐさまプロポーズしたいわけではなく
でも結婚したいと思っていることを伝える
その、相手の医師を尊重した
プロポーズらしからぬプロポーズが
実に興味深いというか面白い。
発表当時は
かなり先鋭的だったんではないか
と思いますが
今読んでもクールですね。
戦後、帰国してから
チャールズはソフィアの家で
当主のアリスタイド老が
何者かに毒殺される
という事件が起きたことを知ります。
その事件が解決しない限り
すぐさま結婚というわけにはいかない
というわけでチャールズは
父親が副総監だったこともあり
タヴァナー主任警部に同伴して
レオニデス家を訪れるわけです。
父親が副総監ということは
かなりの特権階級ですね。
本人も外交官であるわけですから
最初から分かりきっていたことですが。
被害者のアリスタイドには
年の離れた後妻がおり
寄寓していた次男夫婦の
子どもたちを教える家庭教師と
恋仲ではないかと疑われていて
最初はこの二人か
どちらか一方が手を下したのではないか
と思われていました。
その方が一族内から犯人が出ないので
レオニデス家としても都合がいい
という側面もあったわけです。
でもチャールズは
若い後妻と話してみて
そうは思えなかった。
レオニデス家がその階級意識から
若い後妻を一方的に嫌っている
というふうにしか見えなかった。
上にも書いたとおり
チャールズも上流階級の一員なのですが
そういう階級意識にとらわれない視点がある
というのが興味深かったです。
ソフィアは、チャールズも
若い後妻に籠絡されたと見るわけですが
そこでチャールズに簡単に同意しないあたりが
なかなか読ませるなあという印象でした。
ついでながら、上記家庭教師が
良心的兵役拒否者であるという設定にも
ちょっとびっくりさせられました。
(翻訳は「良心的参戦拒否者」ですが)
そういうのって
アメリカにしかいないのかと
何となく思っていたからですし
そういう兵役拒否者にも
行政が働き口を紹介する
という制度的なありように
驚かされたのでした。
意外な犯人一発ネタかと思っていたら
家族が見ている前で署名した遺言状が
別の遺言状にすり替わっていた
という小ネタが挟まっており
また、ソフィアの妹ジョセフィンの
探偵きどりが
いい味を出していて
(近年のコージー系ミステリみたい)
飽きずに読み進めることができました。
ただし、この解決だと
やっぱり結婚の障害になるのでは
と思わなくもありませんでしたけど。
ハヤカワ・ミステリ文庫版で
300ページ弱ほど。
昔、ポケミス版を買った時は
長いなあ(厚いなあ)と
思った記憶がありますが
意外と短い。
だからというわけでもないでしょうが
ラストがいささかそっけない気もします。
クリスティーの小説は
ちょっと頭を休めるのにちょうどいい
とかいわれることもありますが
なるほどおっしゃるとおり
と思わせるものがありました。
困るのは、
続けて別の作品を読みたくなって
ちょっと頭を休める
というわけにはいかなくなって
仕事が手につかなくなることでしょうか(苦笑)
ちなみにクリスティー自身は
本作品と『無実はさいなむ』を
自己のベスト作品と考えていたようで
次はそれかな、とかね。
いや、まあ、
仕事に戻ることにしましょうか。(^^ゞ
