以前、芥川龍之介が途中まで訳し
菊池寛が残りを訳して完結させた
ルイス・キャロルの
『不思議の国のアリス』の翻訳
『アリス物語』という本を
紹介しました。

アリス物語(外装)
(興文社・文藝春秋社、小学生全集28、
 1927年11月18日発行)

この本は
芥川龍之介全集にはもちろん
菊池寛全集などにも収録されておらず
『小学生全集』版でしか読めないので
たいそう珍しい本だと
思っておりましたが
このたび何とびっくりなことに
装いも新たに復刊されました。

『アリス物語』(パール文庫版)
(真珠書院・パール文庫、2014年6月10日発行)

さすが噂のパール文庫、
やることが違います。

というか、よくやるなあ。( ̄▽ ̄)


このパール文庫、
知る人ぞ知るという存在の
若い人向けの叢書で
第一回配本が
菊池寛の『心の王冠』と
海野十三の『海底大陸』。

これだけでも驚きでしたが、以後
小酒井不木の『少年科学探偵』
池田芙蓉の『馬賊の唄』
松田瓊子(けいこ)の『七つの蕾』
平田晋策の『新戦艦高千穂』
といった具合で
とにかく戦前に刊行された
古典ジュブナイルを復刊するという
何とも変わったシリーズなのです。

基本的に
三一書房から出ていた
『少年小説大系』(1986~97)を
タネ本としているようですが
菊池寛訳の『小公子』も入ってますから
『小学生全集』も
タネ本に使っているようです。

だから『アリス物語』が
出ることになったのでしょう。


この翻訳について
芥川の研究者とかが
これまで言及してきたのかどうか
寡聞にして知りません。

でも一般的には
あまり知られていないと思います。

それもあるし
芥川訳のアリスだというだけで
近代文学ファンなら
わくわくさせられますし
少なくとも出せば話題にはなります。

自分だって、この企画にからんでいたら
ダメ元で提案したかもしれません(苦笑)

その意味では、
よくやるなあ、というより
よくやったなあ、というべきかも。


で、この『アリス物語』について
前回の記事
途中、本文が
抜けている箇所があると
書きましたけど
もしかしてその
抜けた箇所の原稿が発見されて
完全版として出したのかと
ちょっと期待しましたが
初版本で抜けていた箇所は
今回の本でも
そのまま踏襲されていました。

読めばすぐに分かりますが
参考までにページを記しておくと
パール文庫版の118ページです。

おそらくそこまでが
芥川の訳した部分ではないか
と、自分は推測しているのですが。


ある意味、事故本なのに
出ちゃったわけで
今回の出版に関係した人たちが
読んでないのか
気づかなかったのか
無視を決め込んだのか
よく分かりません。

校閲で気づかなかったのだとしたら
ちょっと問題ありでしょうし
無視を決め込んだのだとしても
解説でふれさえしていないのは
少々、困りものではないか、と。

解説でふれるのに
おいしいネタだと思うんですけどね。

気づかなかったから
出せたのかもしれないと思うと
それはそれで
結果オーライかもしれませんけど(苦笑)


まあ、そういう部分も含めて
これは珍本でしょう。

アリスの話し言葉が
たとえば鼠に呼びかけるときは
「お前さん」とか言ったりしていて
今の感覚と違うところもあり
そのへんのミスマッチも面白い。

アリスの言葉遣いが
当時の下町言葉なのかどうか
そこらへんが研究されてても
いいはずなんですが。

自分が知らないだけで、あるのかな?


昭和2年の段階で
様々な言葉遊びをどう訳しているのか
というのも読みどころでしょう。

読み始めてすぐ、気になったのは
兎の穴に落ちる途中で
猫は蝙蝠を食べるか知ら、が
蝙蝠は猫を食べるか知ら、に
なってしまう場面、
底本には「キャット」「バット」と
ルビが振ってあるのに
パール文庫版では振られていません。

今の読者なら分かるだろうと
スルーしたのでしょうか???


まあ、そんなこんなで
いろいろと問題含みの本ですが
話のタネに
買っておくのも一興か、と。

それで売れて、勘違いして
増刷されると面白いのですが。
(いぢわるw)


もっとも、それで話題になって
欠落部分の原稿が見つかったりすると
これは世紀の発見であります。

むしろそちらを期待したいですね。


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