
(日本放送出版協会、1975年3月20日発行)
手許にあるのは
5月5日発行の第7刷です。
ふた月で7刷ですから
当時の人気のほどが偲ばれます。
最終巻だけあって
カバーは八犬士のそろい踏み。
表紙は4人ですが
本体から外すと、この通り。

カバー左側(表紙側)上から
孝の珠持つ犬塚信乃、智の珠を持つ犬坂毛野(けの)、
信の珠持つ犬飼現八、仁の珠持つ犬江新兵衛。
カバー左側(裏表紙側)上から
礼の珠持つ犬村角太郎、義の珠を持つ犬川額蔵、
忠の珠持つ犬山道節、悌の珠持つ犬田小文吾。
現在は復刊ドットコム版で
入手可能です。
新八犬伝〈下の巻〉 (fukkan.com)/復刊ドットコム

¥3,024
復刊ドットコム版の表紙は
髪飾りから判断して
伏姫だと思われますが……
下の巻は
琵琶湖畔で犬村角太郎が
大鯰のたたりを受けた娘を助けたり
犬川額蔵が
雷さまの代わりに雨を降らせたり
といったエピソードに始まって
ついに「仁」の珠持つ
犬江新兵衛が登場し、八犬士が勢揃い。
関東管領・扇谷定正
(かんとうかんれい・おうぎがやつ さだまさ)
率いる連合軍と里見軍との戦闘を経て
ゝ大法師(ちゅだい ほうし)還俗して
金腕大助(かなまり だいすけ)となり
その働きによって玉梓が成仏昇天し
八犬士が行方知れずになるという
最終回までを収めた
全42章立てとなっています。
例によって
『NHK連続人形劇のすべて』で確認したところ
放送そのままで、省略はないようです。
中の巻は
何かあると不思議な珠を出して
伏姫と役の行者(えんのぎょうじゃ)の霊験で
危機を脱するというパターンが頻出してました。
それもあって御都合主義が目立ち
ストーリーを追うのが精一杯
という感じでした。
下の巻も、さほど変わらないとはいえ
それでもいろいろと
面白いところがありました。
さすがに放送も2年に及ぶと
本来なら悪役の設定であっても
本来のキャラクターとは違う面を
見せるものでして
たとえば、さもしい浪人・網乾左母二郎
(あぼし さもじろう)は
ひょんなことから
悪い城主の手によって親を亡くし
自らも殺されそうになった娘を
救おうとするエピソードがあります。
左母二郎は、娘をタネに
城主を強請ろうと考えていた
と言いますけど
結果的に善行を成したわけで
それを八犬士が救うという流れが面白い。
左母二郎は
原作では、浜路をさらったあたりで
犬山道節に斬り殺されてしまうのですが
上の場面では
道節に救われるという巡り合わせ。
実は網乾左母二郎、
中の巻でも活躍していました。
犬坂毛野の珠を奪って
犬士になりすました際
悪城主・蟇田素藤(ひきた もとふじ)から
浜路と犬飼現八の許嫁・栞を奪還し
素藤を成敗するという働きを見せ
その勲功から
犬士としてではなく網乾左母二郎として
里見家に仕えないかと言われるのを
性に合わないといって断り
いずこかへと去るのですが
この辺り、書き手も
左母二郎に肩入れしている感じですね。
また、犬江新兵衛が
悪政によって苦しむ民の姿を見て
侍になるのをやめようと
考える場面があります。
「米も作らず、働きもせず、
年貢を取り立てるばかりで、
事あるごとに腰の刀に
ものを言わすのが侍ならば……
ああ、侍になど、なりたくない……」
(p.185、下段)
ここは明らかに
書き手である石山透の
政治批判メッセージが
読みとれるところ。
それまでは、ストーリー主体で
道徳の化け物のようだ
ともいわれる八犬士、
竹を割ったようなキャラクターが多く
自らのアイデンティティについて
悩むということはなかったのですが
最終回直前にきて
新兵衛のようなキャラが
書き手の肉声を伴って出てくるのが
面白いですね。
関東管領・扇谷定正というのは
続けて読むと語呂がいいので
たいへん印象に残ってますけど
玉梓や舟虫などに比べると
さほどのワルには見えません。
しかるに、ここにきて
「『新八犬伝』に登場する
悪役連の黒幕、大立物、
ゴッド・ファーザー」(p.126、上段)
ということになってます。
それはちと、いい過ぎでは(苦笑)
犬飼現八が
左母二郎に救われた
孤児になったお勝坊に男装させて
乳母車に乗せて連れ歩く際に
「名前は、大五郎としたいところだが」
(p.98、下段)というのは
当時ヒットしていたテレビ時代劇
『子連れ狼』(1973~76)をふまえたもの。
上の記述は今の読者にも
まだ分かるかもしれないけれど
犬山道節が舟虫の虚言に騙されない場面で
「悪に染(そま)ったその顔色で、
あなたの嘘がわかるのよ。」(p.141、上段)
と語り手が言っているのは
これは中条きよしのヒット曲
「うそ」(1974)を
もじっているわけですが
こんなの、今の読者には分からないでしょう。
『新八犬伝』が
いかに時代と並走していたか
(時代と寝ていたか)を
よく示しているように思います。
手許にある本には
これまでにあったような
挟み込みの付録はついていません。
少なくとも自分の手持ち分には
ついていません。
しおりもないのですが
次回放送の『真田十勇士』のシールが
しおり代わりに挟まっておりました。

古本で買ったにもかかわらず
よくまあこんなものが
使われもせず抜かれもせず
残っていたものです。
そして全3巻が完結した
どこかの時点で
三冊セットのハコ入り版が
流通したようです。
実は古本で買ったのは
そのハコ入り版なのでした。


復刊ドットコム版でも
三冊セット版が流通していたようですが
ハコ入りなのかどうか
分かりません。
NHK版のハコのデザインは
復刊ドットコムのリクエストページに
アップされてますので
見たことがある人は
多いかもしれませんね。
最後に本文挿絵について書いておくと
装丁・蟹江征治、写真・高木素生
と目次にありますが、これは
各巻カバーの担当者でしょう。
本文中のイラストは基本的に
馬琴の原作本にある挿絵と
辻村ジュサブローの人形とを
コラージュしたもので
放送フィルムから焼いたものではありません。
このコラージュを誰がやったのか
構成の重金硯之なのか
3冊セットのハコ絵と各巻の扉絵を書いた
辻村ジュサブローなのか。
それとも装丁の蟹江征治なのか。
本文の挿絵には落款がないので
辻村ジュサブローでない可能性が高く
蟹江征治と高木素生がやった可能性が
高いのですけど
詳細は不詳です。
以上、『新八犬伝』上中下の巻ご案内
全巻の終わりでございます。
長のおつきあい、
ありがとうございました。
