
(早川書房、2009年3月25日発行)
副題は「ポケットの中の25セントの宇宙」。
『ミステリマガジン』の
2006年4月号から2009年3月号まで
36回にわたって連載されたエッセイ
「新・ペイパーバックの旅」を編集、
加筆してまとめられた本です。
25セントというのは
初期のペイパーバックの値段です。
これが35セントになり
50セントになっていくという
値上げの流れは
『紙表紙の誘惑』(2002)に
書いてありました。
何といっても圧巻なのは
巻頭の折り込みカラー口絵で
ゴールド・メダル叢書の
初期230冊(♯101~331)初版の
表紙絵一挙掲載していることと
カラー口絵・その2で
ロバート・マッギニスが表紙を描いた
カーター・ブラウン全101点を
掲げていることでしょうか。
前にも書きましたが
『紙表紙の誘惑』には
モノクロでアップされていた
『マルタの鷹』ダスト・ジャケットの
カラー写真が載っていたり
とにかく珍しいペイパーバックの
美麗なカラー写真が満載。
そしてこれらをすべて
書き手が所有しているということが
さらに輪をかけてすごいことで
初版と再版とで表紙絵が違うとか
上記マッギニスの描いた表紙本が
100冊ではなく101冊あるとか
あるタイトルは
ある親本の改題であるとか
そういった細かい情報を
すべて現物にあたって確認するという
徹底して実証主義を貫いているあたり
脱帽という他ありません。
これらの表紙イラストや
書籍の書誌データは
後に作られた
「小鷹信光文庫
ヴィンテージペイパーバックス」
というサイトで公開されています。
巻末には
「新・ペイパーバック・アーティスト名鑑」が
まとめられています。
『ペイパーバックの本棚から』(1989)のような
索引風なスタイルから
書影を掲げた上で紹介するという
より事典的なスタイルに
近いものとなっています。
『ペイパーバックの本棚から』の
感想をアップした際
大学の先生=学者は
マニアの地道な研究は無視しがち
というようなことを書きましたが
その逆もまた、いえないわけではありません。
本書の中で
『マルタの鷹』のダスト・ジャケットは
本邦初公開と書いてありますけど(p.252)
いちおう『紙表紙の誘惑』でも
モノクロとはいえ紹介されていました。
『紙表紙の誘惑』を紹介した際、
ミステリ・ファンには
意外と知られていないのかも
と書いたのは
上のようなことがあったからです。
もちろん小鷹の場合は
尾崎俊介の本を知っていれば
当然、言及したであろうとは
想像されるわけですが。
凡ミスでもうひとつ
270ページに
ジャック・アイムズの邦訳はないと
書いてありますが
ジャック・アイアムズという表記で
『のぞかれた窓』という作品が
訳されています。
小鷹信光の
ペイパーバック紹介本を読んでいると
本当に好きなものを集めて
収集を通して得られた情報を紹介する
というスタイルに徹していて
そういうあり方は
戦後、海外ミステリの輸入紹介に尽力した
江戸川乱歩のスタイルにも
通ずる印象を受けました。
それはそれで面白いのですが
反面、コアなミステリ・マニアしか
喜ばないだろうなあ
という気がされてきますし
作家に対する関心や
日本への移入史に関する記述が主なので
ペイパーバックとは何か、ということを
その歴史を踏まえて知りたいと思う人には
やっぱり向かないような気がします。
基本的に
本というモノが好きな人のための本、
海外ミステリが好きな人のための本
というあたりが妥当なところでしょうか。
個人的には
カーター・ブラウンについての情報など
啓蒙されることは多々ありましたし
読み始めたら止まらなくなり
一気に読んでしまうほど
面白かったです。
でも、
いわゆるペイパーバックの世紀の作家に
興味がない人にとっては
やや敷居が高い感じがされる本かも
知れませんね。
