
(早川書房、1989年3月31日発行)
『ミステリマガジン』の
1983年1月号から
1986年12月号まで連載された
エッセイ「ペイパーバックの旅」を
加筆の上、まとめた本です。
基本的に
連載1回で一人の作家
ないし一冊の本を取り上げ
その書影とともに
その本との関わりや
感想を述べています。
タイトルから想像がつくように
対象となる作家・作品は
アメリカのペイパーバックで
刊行された作家に
限定されています。
中の一章では
エラリー・クイーンの
ハウスネームで刊行されたシリーズ
片目の警部ティム・コリガンものが
取り上げられています。
興味深いのは
宿題のように積み残した
気になるペイパーバックが
必ずしも傑作とはいえないことを
よくよく知った上で紹介していることで
ノスタルジーはノスタルジーのままに
これは書棚の奥に寝かせておくべきだった
というような語り口が
散見されることです。
それでもペイパーバックを愛す
というのが著者の気概であろうかと。
それが単行本のあとがきにある
アメリカのミステリ界は
いまだにペイパーバック・オリジナルを
差別しているんじゃないか
という公憤ともいうべき文章に
つながっていくのだと思われます。
なお、単行本化に際して
巻頭の口絵には
8ページにわたって
ペイパーバックの表紙が
カラー写真で掲載されていますし
巻末には
ペイパーバック・アーティスト名鑑と
ペイパーバック・ブランド・リストが
付いています。
ペイパーバック・ブランド・リストとは
レーベル名(叢書名)のリストで
フランスのセリ・ノワール、
イギリスのコロネット、
カナダのレイヴンも含め
50余りがあげられています。
アーティスト名鑑の方は
表紙絵を描いた画家たちのリストで
50名の名前があがっています。
それぞれ口絵や本文の写真の
索引も兼ねているのがすばらしく
(さらに人名索引が別についています)
足で調べて現物にあたった仕事として
特筆されるべきでしょう。
(その後、小鷹自身によって
『私のハードボイルド』という
もっとすごい仕事が出るわけですが)
この本に掲げられた
ペイパーバックの書影は
すべて紹介する書いた本人が
現物で持っているものである
というのが強味なわけです。
で、小鷹のこの本は
『紙表紙の誘惑』(2002)よりも
前に出ているわけですが
いわゆる純文学に関しては
いっさい触れられていないためか
『紙表紙の誘惑』には
小鷹のこの本について
まったく言及されていません。
こういうところが
いわゆる大学の先生=学者って
ダメだなあと思わせるところです。
もちろん尾崎俊介も
向こうの出版人なんかにあたって
地道に調べてはいるわけで
そこはさすが学者だけのことはある
と敬服するのですけど
灯台下暗しとでもいうのか
日本のマニアの地道な研究に
目を留めないのは
いかがなものか、と。
自分の本には使わなかったにしても
少なくとも参考文献などには
小鷹の本はあげてしかるべきでしょう。
別に、尾崎俊介だけに限らず
大学の先生は浮世離れしているというか
どうも国内の研究は
盲点に入りやすいようです。
いわゆる学術系のメディアに
載ったものでなければ
無視してもいいと
思ってるんじゃないか
という気がします。
日本文学の研究者は
そうでもないような気はしますが
海外文学や社会学系の大学の先生の仕事からは
そういう印象を受けることが多い。
(もちろん、そうではない人もいますが)
いや、まあ、これは余談でございました。
小鷹はこの後
『私のペイパーバック』(2009)という
ペイパーバック収集&研究の
決定版のような本を出すので
それに比べるとちょっとかすむ感じですが
こうした本の世界に関心のある人は
これはこれで持っていてもいいか
と思える好著です。
何より、小鷹の仕事は
常に現在進行形のおもむきがあり
これはこれで読んでおくと
次に出る(出た)本がいっそう楽しめるという
そういう意味では
必読必携かも知れませんのです、はい。
