$圏外の日乘-『殺人者の湿地』
(1966/水野恵訳、論創社、2013.9.20)

一九五〇年代の翻訳ミステリ出版界で
ほぼ全作品が紹介されたガーヴの
最後の邦訳から42年ぶりの
本邦初訳長編です。

長編といっても
最近の傾向からすれば短くて
四百字詰め原稿用紙に換算すると
450枚ほどでしょうか。

ほう、450枚もありますか。

ページ数だと250ページに満たないので
短いように感じましたけど。


ノルウェー旅行の途上で
ひと夏のアヴァンチュールとばかりに
若い女を引っかけて関係を持ち
偽りの住所を告げて帰国した
アラン・ハントでしたが
ある日、その娘が訪ねてきて
妊娠したと告げられます。

というのは
六〇年代ごろなら
ありがちの展開ですね。

今でもありがちかも知れませんが。

資産家の娘と婚約していたハントは
弄せずして金持ちになるのを諦められず
ある計画を立てる……
というお話です。


六〇年代のミステリなんで
昨今のミステリほど
登場人物の背景をねちっこく描かず
さらっと書かれてます。

今どきのミステリなら
「道徳心や良心といったものが
完全に欠如して」いて
「誰かをどんなに傷つけようと屁とも思わず、
他者を愛し、思いやる能力が
まったくない」(p.30)アラン・ハントは
サイコパスとして
もうちょっとあくどく描写されていたかも
とか思っちゃいます。

そうした性格の原因を
「生い立ちに求めることはできない」(同)
とも書かれていて
こういう、ダメなやつは芯からダメ
というような人間認識は
イギリス作家らしいというか、
アガサ・クリスティーの小説を読んでいても
よく出てくるような気がします。

パトリシア・ハイスミスが創造した小悪党
トム・リプリーを連想させるところも
あったり。


プロットは、なかなか巧妙です。

少し前なら「小味な秀作」と
いわれるような作品です。

一点、気になったのは
第一部のラストの一文
「不安は的中した。」(p.63)が
このプロットだと何を指しているのか
よく分からないこと。

なかなか効果的な一文ではあるのですが
考えようによっては
アンフェアになるかも知れません。


重厚な作品に慣れた人には
物足りないかも知れませんが
軽く楽しみたい向きには
おすすめですかな。