$圏外の日乘-サムシング・ブルー
(1962/森 茂里訳、創元推理文庫、1998.3.27)

ちょっと古い本で恐縮なのですが、
翻訳が出たとき買ったまま、
ずーっと積ん読だった本です(^^;ゞ

今回、ちょっと必要があって読みました。

シャーロット・アームストロングは
アメリカの作家で、最初、戯曲を書いてましたが、
後に転向してミステリ作家になりました。

日本では、アメリカ探偵作家クラブ賞をとった
『毒薬の小壜』(1956)で
古いミステリ・ファンには知られた存在です。
『毒薬の小壜』は今んとこ品切れなので、
新しいミステリ・ファンは知らないでしょう(苦笑)

で、『サムシング・ブルー』のあらすじですが——

生物学を教える講師ジョニー・シムズは
休暇で帰省した際に
幼なじみのナン・パジェットから
婚約したと聞いてショックを受けます。

ところが、海外旅行中のナンの叔母で
育ての親でもあるエミリーは、
ナンからの知らせに強い拒否反応を示します。

急いで旅行先から帰ってきたエミリーは
持病の発作を起こして入院。
その夜、密かに呼んだジョニーにだけ
反対する事情を明かします。

ナンの父親は
妻(要するにナンの母親)を殺した罪で
監獄に入っているが、
実は父親は無罪で、あろうことか
ナンの婚約者である
ディック・バーティが殺したのだ、
というのです。

シドニーが去ったあと、エミリーは
ディックによって殺されてしまうのですが、
病死として処理されてしまいます。

エミリーの急逝によって
事情を知るのが自分だけとなったジョニーは、
とにかく背景を調査し、
ナンにとって最も良い結果になるよう
心を砕くのですが……

読者には、エミリーが殺された時点で
ディックが悪党だということは分かるのですが、
ジョニーは最初のうちは公平に真実を探ろうとします。

母親を殺された娘の婚約者が
島の母親を殺した犯人だという、
非常にロマンティックというか、
大時代的な設定なわけですすが、
読者はそんなことが許されていいのか、と思う。
ですが、ジョニーを始めとする登場人物たちは
ディックが悪人だとは知りません。
だから、確実な証拠がないかぎり、
二人の結婚は阻めないと考えるわけです。

特にジョニーはナンの恋人のような存在だったので、
下手に動くと嫉妬からの行動だと思われかねない。
だからよけい、慎重に行動します。
そこにサスペンスが生まれる。

プロットのパターンとしては、
アガサ・クリスティーが得意とした
〈回想の殺人〉retrospect murder
というやつですね。

17年前に決着が付いている
(裁判で有罪と決まっている)事件の、
冤罪の証拠が発見できるかどうか、
という興味で、まず読ませます。

それに、結婚式までという
タイム・リミットのサスペンスが加わる。

ナンはディックに惚れ込んでいるので、
ジェニーの疑惑に耳を傾けません。
かえってディックのことを、ひどいと思う。

このナンの造形も見事でして、
それまでジョニー以外に
男性から愛されたことのないナンが、
初めて男性から積極的に愛されて、
くらくらっときてしまう。
その心情がとってもリアルです。

で、以上の内容でも充分に面白いのですが、
あえていうなら、ありがちのプロットです。
ジョニーが証拠を見つけて、
ディックを告発してハッピーエンド、
だろうなと、誰もが想像がするでしょう?(藁

ストーリー上は、その通り。
でも、最後の最後まで読者の気を許さないよう、
意外な展開に持っていく筆遣いは、
これはさすがに見事なものです。

ただ、この小説がすごいなあと思うのは、
最後の方になって、冤罪の証拠を探すという
ミステリとしての興味のありようを
ひっくり返すところ、でしょうか。

サスペンスを醸成する要素でもある、
ナンの過去を隠しながら調査を続けるという
プロットのキモを、
市民的良識を根拠として
テクスト自らが否定するところ。

これには脱帽しました。

いってみれば、これは一種の
アンチ・ミステリでもあります。

もう12年前に刊行された本なので
気が引けるのですが、
これはオススメです。

新刊書店やネット書店で在庫があれば幸い。
古書で買うとしても、
まだ、さほど高くはないと思いますので、
あなたがミステリ好きで、まだ読んでないなら、
ぜひ御入手の上、御一読くださいませ。
(東京創元社が復刊してくれれば
 なお、いいのですが……)

その際は、ナンの従姉妹
ドロシーに御注目あれ。
途中まで、ヤな奴かなと思ってましたが、
なかなかいいこと言ってます。

現代ならおそらく、ナンより
ドロシーに共感する人が多いかもしれませんね。
(本が出た当時も少なからずいたと思いますが)

ちなみに題名の『サムシング・ブルー』ですが、
これはマザーグースに由来するもののようで、
純潔、貞操、清らかさの象徴とされているそうです。
結婚式で花嫁が身に付けると幸せになれる
四つのもののひとつだということを、
今回たまたま検索してみて、初めて知りました。

小説では、ナンを象徴しているんでしょうが、
まさに、青い何か(サムシング・ブルー)が
不幸をもたらす証拠になるあたり
(それが何かは、読んでのお楽しみ)
ミステリの題名らしいですね(^_^)