
(2001/野の水生訳、講談社文庫、2009.7.15)
ピーター・ロビンスンは
イギリスのミステリ作家です。
シリーズ・キャラクターは、
アラン・バンクス主席警部。
今回、バンクスは警視代行として、
連続少女失踪事件の捜査チームを率いています。
ただし、事件が発生し、捜査の過程が描かれる、
という当り前のストーリーにはなっていません。
家庭内暴力の通報を受け、駆けつけた2人の警官が、
通報のあった家の地下室から
失踪していた少女たちの死体を発見し、
犯人を確保する場面から始まります。
犯人が捕まっても、
事件との関連を、疑問の余地なく
証明する作業が残っている。
また、同居していた妻が
夫の所業に気付かずにいたのかどうか、
もしかしたら共犯ではないか、
といったことを、疑問の余地なく
証明しておく必要がある。
途中、犯人宅から発見された死体の数が
失踪した少女の数と合わないとか、
失踪した内の一人の死体が発見されないとか
いった事態になって、
事件は混迷の度を深めていく。
ここら辺の謎の呈示の仕方と、
ストーリーの展開の仕方は、巧いですね。
犯人が分かってからの話が、
上下巻合わせて延々800頁にわたるのですが、
全然、飽きさせない。
訳が上手いということも、
あるのかもしれません。
ちなみに、訳者名は
「ののみお」と読みます。
何でこういう筆名にしたのか、
不思議でなりませんが、それはさておき——
家庭内暴力事件だと思ってやって来た警官に
地下室に潜んでいた連続殺人犯が襲いかかり、
1人は不意を衝かれて死亡。
もう1人が反撃に出て犯人を確保するのですが、
一方で、残された警官の対処は適切であったか、
過剰防衛ではなかったかと問題になります。
最近のイギリス・ミステリ、殊に
警察官を主人公にした、リアリズム系の
ポリス・プロシーデュラル police procedural
(警察捜査小説)の衣裳をまとう作品になると、
この手の社会問題は避けて通れないですね。
イギリスの場合、警官に対する信頼度が
ホームズやポアロの時代から比べて
著しく落ちています
(だいたい1960年代辺りから
落ちていると思われます)。
警官を主人公に、昔風の名探偵小説を
無自覚に書くということは、まず、ありません。
リアルに社会問題とわたりあうか、
どぎついユーモアの糖衣をまとわせるか、
いずれかになっています。
で、ロビンスンは
リアルにわたりあうタイプ。
リアルにわたりあうといっても、
社会問題が主要テーマの社会派小説ではなく、
あくまでも謎ときの面白さを主とする
小説に仕上げています。
警察は警察で制度的問題を抱えており、
問題は問題として描きつつ、
バンクスに託して、
真相と真実を追求するという
ミステリ本来の興味を、現代を舞台に
書こうとしているタイプなわけです。
それにしても、明らかに連続殺人犯である犯人を、
限界状況下、過剰防衛で死に至らしめたことが、
被疑者の権利を奪う行為であると見なされるのは、
よく考えるとなかなかグロテスクなことです。
人権思想はそういうグロテスクさを
リスクとして引き受けさせるものだということを、
否応なしに突きつけるわけですが、
同時に、そうしたリスクは、
政治的に処理することに由来するものだという
ヒューマンな逃げ道も用意されてますけどね。
警察権力という制度が
ストレスフルな職場であることも、
よく分かるようになっています。
本書では、夫のDVを受けて
カナダから逃げてきた挿絵画家を登場させ、
素人の〈正義〉感について、
プロの捜査官の視点に立って
批判的に描いていたりもします。
結果的にそうした〈正義〉感が
事件を混迷に陥れさせ、
警察の捜査の邪魔にもなる。
プロ意識に基づいた
誠実な捜査が行なわれれば、
今の制度でもそれなりに機能する
という程度には、警察に
信頼を置いているんでしょうね。
というか、ストレスフルな職場に対して
理解がある、というべきなんでしょうか。
あるいは、警察組織というシステムと、
システムに所属する個人とは、
必ずしも同じではない
というバランス感覚がある
というべきでしょうか。
というわけで、警察捜査小説ですが、
バンクスは昔ながらの
名探偵の風貌を持ち合わせています。
システムの中の個人という描かれ方も
名探偵的な風貌に寄与しています。
ちょっとマニアックな話になりますが、
先行作家でいえば、P・D・ジェイムズの
アダム・ダルグリッシュ警部(のち警視正)
の系譜にあるキャラクターです。
リアルな謎にリアルな探偵役。
謎ときミステリの、
現代的で今日的なかたち(の、ひとつ)を
きれいに体現している作品が『余波』です。
リアルだとか、現代的だとかいう誉め方は、
ありがちな感じで芸がなく、
申し訳ないのですが、
この手の、バランスのとれた
プロ意識に貫かれている現代ミステリは、
さり気に好きだったりします(^^ゞ
何だか長々と語っちゃいましたf(^^;
長文深謝。