これから、いくつか「香害」に関する記事を書いていこうと思っています。

冒頭にアップロードしたのは、5省庁連名の香害ポスターです。

政府がこんな風に注意喚起している問題なので、私が書いても問題ないかと思われます。

また、高崎市ホームページにも「化学物質過敏症」に関するページが設けられています。

 
>合成洗剤、柔軟剤、化粧品など身近な製品に、敏感に反応し、困っている人がいます。たくさんの人が利用する施設に出かけるときや、屋内での会合に参加する場合には、できるだけ周囲の人に配慮した使用を心がけましょう。
 
と書いてありますが、現実にはまったく配慮されていない。
合成洗剤、柔軟剤のニオイが強い人が実に多い。
このことに私は大きな問題を感じます。
現代日本において、「香害」問題は「不都合な真実」だったりするので、不快な思いをする人がいるでしょうが、そういう人は読まなければ良い。
「不都合な真実」に目を瞑りながら、毎日元気に暮らせば良いだけです。
とりあえず、「香害」関係の記事には、冒頭に「【閲覧注意】」と書いておきますね。
 
 
追記:本当に、真実に目を瞑りたい人は読まなければいいと思います。
   そんな人ばっかりだから、こんな国になっちゃったんですけどね。
   そんな人ばっかりの、こんな国で、どうやってサバイバルしていくか、私は毎日そればっかり考えて暮らしていますよ。
   健康に良くないのは重々承知ですが。

 

 汽車は、ナタルの州都マリッツバーグに、午後九時ごろになって着いた。寝台は、この駅で準備するのがつねだった。車両給仕が来て、寝台が入用かどうか尋ねた。わたしは言った。
「いや、一つ持っている」
 彼は行ってしまった。ところが、一人の旅客がつぎにやって来た。そして、わたしをじろじろ眺めた。彼にはわたしが「有色」人種であることがわかった。このことが彼の気にさわった。彼は出て行き、駅員を一、二名連れてもどって来た。彼らはみんな黙っていた。するともう一人別の駅員が、わたしのところにやって来て、言った。
「ちょっと来い、君は貨物車のほうに乗るんだ」
 わたしは言った。
「だが、わたしは一等車の切符を持っているんだよ」
 ほかの一人が口うらを合わせて言った。
「そんなことは、どうでもいいんだ。君は貨物車に移るべきだ、と言うんだ」
「聞いてくれ。ダーバンでわたしは、この客車で旅行するのを許されているんだ。だから、わたしはどうしても、これに乗っていく」
 駅員が言った。
「いや、君はだめだ。君はこの客車から出て行け。そうでないと、巡査を呼んで来て、君を追い出すぞ」
「どうぞ、君のお好きなように。わたしは自分で出て行くのはごめんだよ」
 巡査がやって来た。彼はわたしの腕をつかまえて、押し出した。荷物もまた、ほうり出された。
 わたしは他の客車に移るのを断わった。そして汽車は出発した。わたしは待合室まで行って、腰をおろした。わたしは、手さげかばんは離さなかったが、ほかの大荷物はほうり出されたままだった。それは、駅の当局で保管していてくれた。
 冬だった。南アフリカの高原の冬は、きびしい寒さだった。マリッツバーグは緯度が高いので、寒さは身にしみるように感じた。外套(がいとう)は、大荷物の中にあった。また侮辱されはすまいか、と思ったので、それを出してもらわなかった。そこで、わたしは腰かけたままふるえていた。待合室には明りがなかった。
 真夜中ごろ、乗客が一人入って来て、わたしに話しかけたそうだった。しかし、わたしは話をする気になれなかった。

(ガンジー著、蠟山芳郎訳『ガンジー自伝』 中公文庫)

 

8.92あたりで買ったのが、9.13になりました!

もっとポジションを持っておけば良かった!

まだまだ上がりそうな予感がしますね。

ここで買い足すべきか、様子を見るべきか。

はたまた「利確」してしまうべきか。

君たちだったら、どうしますか?

 

追記:汗水垂らして働いたわけでもなく、売ったり買ったりしているだけで、何もないところから「お金」を生み出しているわけですが、こんなマネーゲームほんとにあっていいのかと思う次第ですが、世界の上のほうの人たちもこんなので儲けているそうです。とかなんとか。

あー、冬に植えたタマネギですね!

 

こうなりましたよ!



ぶっちゃけ、コレは失敗です。(笑)
あんまり大きくなりませんでした。
知り合いの大工さんに見せたら、

「かわいいタマネギですねー。」

って言われましたよ。
雑草対策とかもしてたし、米ぬかの追肥とかも、しっかりやってたんですけどねー。
欲張って、株間を狭くしすぎたのが良くなかったようです。
今回の失敗をいかして、来年はしっかり大きいタマネギを収穫できるようにしたいと思っています。

 

 

 
「これまでに同意された事柄からして」とぼく(ソクラテス)は答えた、「最もすぐれた男たちは最もすぐれた女たちと、できるだけしばしば交わらなければならないし、最も劣った男たちと最も劣った女たちは、その逆でなければならない。また一方から生まれた子供たちは育て、他方の子供たちは育ててはならない。もしこの羊の群が、できるだけ優秀なままであるべきならばね。そしてすべてこうしたことは、支配者たち自身以外には気づかれないように行なわれなければならない。もし守護者たちの群がまた、できるだけ仲間割れしないように計らおうとするならば」・・・・・

「哲学者たちが国々において王となって統治するのでないかぎり」とぼく(ソクラテス)は言った、「あるいは、現在王と呼ばれ、権力者と呼ばれている人たちが、真実にかつじゅうぶんに哲学するのでないかぎり、すなわち、政治的権力と哲学的精神とが一体化されて、多くの人々の素質が、現在のようにこの二つのどちらかの方向へ別々に進むのを強制的に禁止されるのでないかぎり、親愛なるグラウコンよ、国々にとって不幸のやむときはないし、また人類にとっても同様だとぼくは思う。さらに、われわれが議論のうえで述べてきたような国制のあり方にしても、このことが果されないうちは、可能なかぎり実現されて日の光を見るということは、けっしてないだろう。
 さあ、これがずっと前から、口にするのをぼくにためらわせていたことなのだ。世にも常識はずれなことが語られることになるだろうと、目に見えていたのでね。実際、国家のあり方としては、こうする以外には、個人生活においても公共の生活においても、幸福をもたらす途はありえないということを洞察するのは、むずかしいことだからね」

プラトン著、藤沢令夫訳『国家』




不定期更新にすることにしました。
一日一言とか書くだけにすれば、いままでと同様、毎日更新できるんじゃないですかね?(知りませんけど。)
これからはゆるーく、日常的なことを書いていこうかと思っています。
やたらと小難しい学術的なこととか陰謀的なこととかは今後控えようと思っています。
ストレスで肩が凝るといけないし、⭐︎狙われたらするのは嫌なので。
なんとなく適当にいろいろなことを書きながら、現役生とか卒業生になんらか生きるうえでのヒントを与えられたらいいなあ、と思っています。
こんなことを書くと、本当にセンセーらしい感じがしますが、私はそんなに立派な人間ではございません。
立派な先生なら、他に◯女にたくさんいらっしゃる。
私なんて、何かを激しくこじらせた、変な物知りオジサンですよ。
まぁ、そんなわけでこれからもよろしくお願いします。
センセーらしくないカジュアルな感じで、センセーとしての領分をはみださない感じでこれからはやっていこうと思っています。(謎)



それはズバリ・・・お肌スベスベなことです!

自分で言うのもなんですが、いまの日本でこんなにお肌スベスベなオジサンって、レアじゃないですか?

お肌がスベスベ、ってことは胃や腸がキレイだということです。

どうすれば、私みたいにお肌スベスベになれるか、そこらへんのところは、気が向いたらあとで話しますね。

あとは、ここ一年くらい風邪ひいてないことですかね。

バカは風邪ひかない、ってホントですね!

諸般の事情から週一更新になります。

私にいろいろと聞きたい人は、直接聞きに来てください。

卒業生の皆さんとのつながりを意識して、更新していたこのブログですが、さすがに毎日更新するのは骨が折れます。

それぞれの進路先で頑張ってください。

 

 キッシンジャーの努力により、ソ連政府は飢きんと革命の危機から、そして中国の共産主義者は軍事革命から救われた。また多数の共産主義衛星国は、ノドから手が出るほどほしがっていた米国の技術と機械類、その他の必需品の供給を受けた。

 キッシンジャーが共産圏を訪問した際に結んだ秘密協定の結果、共産圏に多額のドル借款が与えられることになったが、彼の与えた言質と締結した協定の多くはいまだに秘密にされている。いずれにしても、国際共産主義はあらゆる面から強化されているのである。
 米国でもキッシンジャーの推薦によって、これまでに共産主義者とかソ連のエージェントとかいわれた安全保障上の危険人物が国務省の戦略や政策立案者のポストについたり、海外で外交上の重要な地位が与えられたりしている。
 キッシンジャーは、戦略兵器制限交渉(SALT)の米国交渉団の政治情報担当にボリス・クロッソンを任命した。彼は、これまで20年間以上、安全保障上、危険な人物として諜報機関で知られている。
 こういった不当な人選はまだあるが、キッシンジャーは、ニクソン大統領の首席補佐官として、国家の諜報組織網を事実上、支配するための布石を行なっていたのである。・・・・・

 キッシンジャーの歴史に残る「偉大な功績」の一つは、共産主義中国の門戸を開いたことであろう。もしもキッシンジャーがみごとな寝ワザを使わなかったならば、彼の「友人」である共産主義者は、この人民共和国といわれるものを支配し続けられなかったかも知れない。
 キッシンジャーは、中国における切迫したクーデター計画を知るや、北京に極秘に出掛け、中国の指導者に警告した。ワシントン筋は「中共の軍部による毛沢東と周恩来の暗殺計画は、イスラエルの諜報機関から知らされたものである」ことを明らかにしている。
 この情報は、CIAのリチャード・ヘルムズ長官に知らされ、同長官は急遽イスラエルの首都テルアビブを訪れ、くわしい情報をキッシンジャーとニクソン大統領に持ち帰ったのである。
キッシンジャーはただちに中国に飛んだ。この結果、中国軍の最高指導者の一団(林彪一派)が処刑されたが、ニュース管制が敷かれてしまった。

 このとき、キッシンジャーは中華人民共和国への"有名な"ニクソン大統領の訪問をとり決め、それ以来事態は急転直下に進展した。1973年の12月までに、キッシンジャーは公表されているものだけでも6回の中国訪問をなしとげていた。そして中国の指導者に、将来、米国内で何が起ころうと、中国との友好は米国の政策の不変の要素の一つであることを保障した。モスクワとの"緊張緩和"と同様に、キッシンジャーはこの提案を「撤回できないもの」にするようとりはからった。"緊張緩和"の名で、ソ連や東欧の共産圏諸国は、しいたげられた大衆の反逆の脅威から彼らを救う貿易や技術、借款の形での援助を受けている。
 その中には、ソ連が二足三文で米国の穀物を獲得し、アメリカ人の台所をカラにし、穀物にまつわるすべての物価をつり上げた"穀物大略奪"がある。税金を使ってアメリカ政府が支払いを保障した共産主義者との取り引きには、多くの米国企業が殺到した。米国民の税金で保障された信じられないほどの低金利、そして長期にわたる貸し付けや融資が無制限に行なわれている。
 こういったコミュニストとの取り引きで多くの米企業はボロ儲けをしたが、中でもこのおかげで億万長者になったのがキッシンジャーの弟のウォルターである。ウォルター・キッシンジャーは、1951年にプリンストン大学を卒業し、1953年にハーバード大学の学士号をとった後、オハイオ州アクロン市のゼネラル・タイヤ・アンド・ラバー・カンパニーの対外営業担当副社長補佐になった。
 

(ゲイリー=アレン『ロックフェラー帝国の陰謀2』 自由国民社)


 

 

☆友人ヴィルヘルムへの手紙
 いいや、これでいい!すべて、これでいいんだ!ぼくが彼女の伴侶だったらなあ!神よ、ぼくを創造した主よ、もしもそんな至福をぼくに与えてくれるのなら、ぼくは死ぬまで祈りを捧げるだろう。でも神の意志には逆らえない。涙することをお話しあれ。無謀な望みを抱くぼくをご容赦あれ。――――あの人がぼくの妻だったらなあ!愛しの人を公然と腕に抱けたらいいのに――――ヴィルヘルム、アルベルトがあの人の細い体を抱いているかと思うと、居ても立ってもいられない。
 これは言ってもいいことかな?いけないわけはないよね、ヴィルヘルム。あの人はぼくといっしょになった方が幸せになれる!アルベルトは、あの人の望みをなんでも叶えられる人じゃない。感受性にある種の欠陥がある。――――どうとってくれてもかまわないけど、ぼくとロッテが共感している好みの本の一節を読んでも。――――ああ!彼の心がいっしょに響き合うことはない。ほかにも、他人の言動に刺されて、ぼくらの気持ちが高まる機会が何百とある。なあ、ヴィルヘルム!――――アルベルトが心からあの人を愛してるのはたしかだけど、あの人にふさわしい愛じゃない。鼻持ちならない人間がぼくの邪魔をしている。ぼくの涙は潤れ果てた。茫然自失さ。さようなら。

☆アルベルト(ロッテの夫)への手紙
 きみにはすまないと思っている、アルベルト。どうか許してほしい。きみの家庭の平安を乱した。きみたちに不信の種をまいてしまった。お元気で。ぼくは人生を終わりにする。ぼくが死ぬことで、君たちが幸せになるよう祈っている!アルベルト!アルベルト!天使を幸せにしてくれ。そして神の祝福がきみの上にありますように!

☆ロッテへの手紙
 いよいよです、ロッテ!冷たい死の杯を手にしても、ぼくは怖気づいたりしません。死にいたる酒を飲みましょう!あなたがぼくにくれた杯です。ためらいはしません。残らず!そう、ぼくの人生の願望と期待はすべて果たされました!どんなに手が冷たく、こわばろうとも、死へとつづく青銅の門を叩いてみせます。
 あなたのために死ぬ、あなたのために身を捧げるなんて、こんな幸福なことがあるでしょうか!あなたが人生の安らぎと喜びを取り戻せるなら、ぼくは勇気を持ち、喜んで死にます。しかし、身近な人のために血を流し、その死によって友だちに何百倍もの新しい命を吹き込めるのは、高貴な人間でもごくわずかでしょう。
 葬るときはこの服のままお願いします、ロッテ。これはあなたが触れて、神聖なものになった服ですから。そのこともあなたのお父さんに頼んでおきました。ぼくの魂は板の上に漂うでしょう。ポケットは探らないでください。あなたの胸を飾ったあのピンクのリボン、子どもたちといっしょにいるあなたにはじめて出会ったときに付けていたリボンを忍ばせています。それでは子どもたちにたくさんのキスを。不幸な友がどんな運命を辿ったか話してやってください。かわいい子たち(※注)。あなたにまとわりついていましたね。ぼくもあなたにくっついてばかりいました。はじめて会ったときから、あなたとは離れることができませんでした!このリボンはいっしょに埋めてもらいます。これはぼくの誕生日にあなたがプレゼントしてくれたものでしたね!ぼくはとことん味わい尽くしました!それにしても、こんな最後を迎えることになるとは!落ち着いてください!どうか騒がないでください!
 弾は込めてあります!十二時の鐘が鳴ります!いよいよです、ロッテ!ごきげんよう!さようなら!
※注:かわいい子たち・・・・・ロッテには8人の弟や妹がいる。

(ゲーテ著、竹山道雄訳『若きウェルテルの悩み』 岩波文庫)