京滋巡礼5(滋賀県甲良町~京都市右京区)2024年7月25日
そして悪夢の夜が明けた。朝の四時過ぎ薄明かりの中priusから這い出して驚いた。

右前輪がペッシャンコにつぶれている。トイレに立ったトラックの運ちゃんも「バーストやなあ」と宣う。JAFに連絡するが7時まではレッカーはできないという。修理屋は自分で探せという。しかも20㎞超えると輸送料金が発生するという。そこで東京海上に連絡すると名神で事故があっていつになるかわからない。だが輸送料金は700kmまでかからないという。
ショックで胸の奥がじん、と冷えたまま、私はしばらく車の前で立ち尽くした。
夜の名残を引きずる薄明かりの中、ぺしゃんこになった右前輪だけが、やけにくっきりと浮かび上がって見える。まるでそこだけ現実が濃度を増して、私の意識を引きずり戻してくるようだった。
冷たい空気が頬を刺す。深呼吸をしても、肺の奥まで冷えが染み込だけで、気持ちは少しも落ち着かない。
「どうする……?」
頭の中でその言葉だけが、壊れたレコードみたいに繰り返される。
JAFは7時まで動けない。修理屋は自分で探せと言う。20kmを超えれば料金が跳ね上がる。東京海上もいつ来られるかわからない。
選択肢はあるようで、実質どれも“すぐにはどうにもならない”という現実だけが突きつけられる。
ふと、遠くで大型トラックのエンジン音が唸りを上げ、また静寂が戻る。その静けさが、逆に心細さを増幅させた。

「落ち着け。まずは……何からだ?」
考えようとするたびに、思考が霧の中に迷い込む。焦りと眠気と寒さが混ざり合って、頭の芯がぼんやりする。スマホを握る手がかじかんで、画面の文字がやけに遠く感じる。
ここで怒っても、嘆いても、状況は変わらない。それはわかっている。わかっているのに、心はなかなか前に進まない。
「とにかく、情報を整理しよう。できることを一つずつ……」
自分に言い聞かせるように呟く。その声は頼りなく震えていたが、言葉にすることで、ほんの少しだけ現実に足がついた気
がした。

夜空はゆっくりと明るくなり始めている。夜の終わりとともに、状況も少しずつ動き出すはずだ。そう信じるしかない。私は深く息を吸い、次の一手を考え始めた。
この時点で本日の午前中はほぼアウトが決定する。スマホでタイヤ屋を探すが甲良町界隈には見つからず八日町か日野まで行かねばありません。履いているいるタイヤはイエローハットのオリジナルタイヤなので同じタイヤを入れ替えるのがベストと考え日野のイエローハットに目星をつけた。
ところが日野までは軽く30㎞はある。そこで7時を待って20㎞の地点までJAFに運んでもらって、そこで東京海上を待って日野まで運んでもらうプランを企てた。


































