「自然」「自由」「オーガニック」の裏に潜む幻想と欺瞞
――“信じたい気持ち”が狙われるとき

環境破壊、食の安全、ストレス社会。現代の私たちが抱える不安や不満は、誰しもが共感できるものです。そんな中、「オーガニックこそ安全」「自由な村づくりこそ理想」といったメッセージに希望を見出す人は少なくありません。

しかし現実は、そう単純ではありません。

「無農薬=絶対安全」「自然栽培=無害」という思い込みは、農業や食の現場を知らない人々の“安心したい”という気持ちにつけ込んだ、いわば美化された物語に過ぎない場合があります。自然にも毒はあります。虫や菌は防除しなければ人間の健康を脅かすこともある。科学が発展してきたのには、理由があるのです。

また、「法律に縛られない自由な生き方」「日本は窮屈、だから発展途上国で夢を叶える」などと語られる活動も、現地の法制度や生活インフラ、地域住民の声を無視した“独りよがり”に過ぎないこともあります。そうした“自由の美化”は、他者への配慮を欠いた危険な行為を正当化する口実にもなりかねません。

このような理想の美化と現実の歪曲の狭間で、人々の善意を利用し、私腹を肥やす人物が出てきます。

山納銀之輔という人物は、その典型とも言える存在です。
講演活動やYouTube、コラボイベントなどで「エコビレッジビルダー」として名を馳せていますが、実際には明確な成果を示せた“村づくり”の成功例は存在せず、各地でトラブルを抱えては拠点を変え、名前を変えて活動を続けていると言われています。

「自由な生き方を広める」という言葉の裏で、契約内容を守らない、給料を支払わない、トラブルを相手のせいにする、女性参加者への不適切な関与を繰り返す――そうした証言が後を絶ちません。

にもかかわらず、こうした人物に対しては「優しそう」「自然体で素朴な人柄に見える」と感じてしまう人が後を絶ちません。それは、人の“信じたい気持ち”が、事実を見えにくくするからです。

そして、より問題なのは、それを知りながら“利用する側”がいるということ。影響力のある人物やインフルエンサーが、内情を知らないわけではないはずの人物とコラボを続けている姿を見て、「この世の中の本質って、そういうものなのか」と思わされる瞬間があります。

けれど、そんな世界に飲まれる必要はありません。

大切なのは、「誰かを信じたい」という気持ちと、「事実を確認する姿勢」を両立させることです。話を鵜呑みにせず、情報の出どころを見極め、冷静に、そして粘り強く自分自身の価値観で判断する力が、騙されないための第一歩です。

“優しい顔”をしていても、“自由”や“自然”を語っていても――
その人が他者を利用し、責任を取らず、自らの非を認めない人物ならば、それは信じるに値しないというだけのこと。

希望を持つことと、幻想に騙されることは違います。
その違いを見抜く目を、今こそ私たちは持たなければならないのです。