「わたしたちの
かけがえのない崇高なもの、感動とは単なる喜怒哀楽感情である」
作者不詳
クラシック音楽業界のめずらしいニュース
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/publishing/?1391741840
(しかし、それによって非常に注目されました!)
このニュース。たいへん興味を惹かれました
1)佐村河内守氏の交響曲第一番「HIROSHIMA」
2)新垣隆氏の才能と人生について
3)感動と情熱と現実の素敵なトリック
今回のこの報道を聞いて
「【人が魂を揺さぶられ心のそこから感動する】このことを
決して崇高なものではなく
単なる感情の産物であるということとして、
サムシンググレート(神)が
大掛かりに、現実の事実としてあらわしたもの」として
非常に感慨深く受け取りました。
<ゴーストライター暴露前に、作品自体が評価されたきっかけ>
日本の第一線の音楽家・一流指揮者、演奏家たちが高い評価をし、
それが音楽愛好家にとっての信頼づけ、権威づけになった。
大手のレコード会社がマーケティングをおこない
作曲者のパーソナリティに、感動的な演出
(風貌、パーソナリティ、ハンディキャップ)を利かせて
「日本の誇る作曲家とその作品群」として広まっていった。
興行的にも、クラシック音楽ジャンルとして
大成功をおさめ、一定の評価を確保された。
そして2014年2月、突然。
ニュースで衝撃的な事実が公表された
作曲家佐村河内守氏の
「氏の作品はすべてゴーストライターによるものでした」と。
それまで感動的なストーリーにつつまれていたモノが一撃で崩壊した瞬間でした。
これにより、その瞬間まで、日本を代表する作曲家とその作品について
高い評価を下し、その作品を愛していた
熱心な音楽愛好家や興行にたずさわった音楽業界関係者の人々は
プライドを崩されることになった。
短期間のあいだの出来事ではなく、数年がかりの
一連のできごとであるために、ごまかせないほどの
プライド崩しとなった。
言い訳すればするほど見苦しくなるわけです。
それをマスコミは広島市民の怒りなどとして
怒りの矛先を新たに作り上げるように見える。
(もちろん本質とは別の情報攪乱。)
一方、ゴーストライターである新垣隆氏が謝罪記者会見した。
この時点で、音楽自体にたいする
演出や予備知識や先入観などは歪んだものとなり
いまこそその音楽自体について
ありのままの評価が出来る段階になった。
その結果、
新垣隆氏の評価が問われることとなる。
まさに評論家や業界、クラシック愛好者たちの
一種、ハイソサセティ的なプライド感、
権威感、先入観(プラセボ的)があらわになった出来事といえる。
そして、佐村河内守氏が新垣氏に出した
作曲指示書が公開され、その内容によって、アンダーグランド(本物の人々)の間で
佐村河内氏の才能も再確認される。
(プロデュース能力や音楽センス等)
へそまがり、あまのじゃく(私も含む)は
新垣氏佐村河内氏の二人を好きになる人も多いでしょう。
お二方の人生について
感情移入して想像してみると
いろいろな喜怒哀楽、ドラマ、
さまざまなことがあったのだろうと感じられる。
非常に人間くさく興味深い、まさに魅力的である。
今の時代、清廉潔白なパーソナリティよりもむしろ
このような才能はあふれつつも、脛に傷というか、
屈折したバックグランドの人物やその作品に注目があつまるのではないか。
以上マニアック紳士の独断による感想です。
http://www.youtube.com/watch?v=Gfv2X8_2W38
かけがえのない崇高なもの、感動とは単なる喜怒哀楽感情である」
作者不詳
クラシック音楽業界のめずらしいニュース
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/economy/publishing/?1391741840
(しかし、それによって非常に注目されました!)
このニュース。たいへん興味を惹かれました
1)佐村河内守氏の交響曲第一番「HIROSHIMA」
2)新垣隆氏の才能と人生について
3)感動と情熱と現実の素敵なトリック
今回のこの報道を聞いて
「【人が魂を揺さぶられ心のそこから感動する】このことを
決して崇高なものではなく
単なる感情の産物であるということとして、
サムシンググレート(神)が
大掛かりに、現実の事実としてあらわしたもの」として
非常に感慨深く受け取りました。
<ゴーストライター暴露前に、作品自体が評価されたきっかけ>
日本の第一線の音楽家・一流指揮者、演奏家たちが高い評価をし、
それが音楽愛好家にとっての信頼づけ、権威づけになった。
大手のレコード会社がマーケティングをおこない
作曲者のパーソナリティに、感動的な演出
(風貌、パーソナリティ、ハンディキャップ)を利かせて
「日本の誇る作曲家とその作品群」として広まっていった。
興行的にも、クラシック音楽ジャンルとして
大成功をおさめ、一定の評価を確保された。
そして2014年2月、突然。
ニュースで衝撃的な事実が公表された
作曲家佐村河内守氏の
「氏の作品はすべてゴーストライターによるものでした」と。
それまで感動的なストーリーにつつまれていたモノが一撃で崩壊した瞬間でした。
これにより、その瞬間まで、日本を代表する作曲家とその作品について
高い評価を下し、その作品を愛していた
熱心な音楽愛好家や興行にたずさわった音楽業界関係者の人々は
プライドを崩されることになった。
短期間のあいだの出来事ではなく、数年がかりの
一連のできごとであるために、ごまかせないほどの
プライド崩しとなった。
言い訳すればするほど見苦しくなるわけです。
それをマスコミは広島市民の怒りなどとして
怒りの矛先を新たに作り上げるように見える。
(もちろん本質とは別の情報攪乱。)
一方、ゴーストライターである新垣隆氏が謝罪記者会見した。
この時点で、音楽自体にたいする
演出や予備知識や先入観などは歪んだものとなり
いまこそその音楽自体について
ありのままの評価が出来る段階になった。
その結果、
新垣隆氏の評価が問われることとなる。
まさに評論家や業界、クラシック愛好者たちの
一種、ハイソサセティ的なプライド感、
権威感、先入観(プラセボ的)があらわになった出来事といえる。
そして、佐村河内守氏が新垣氏に出した
作曲指示書が公開され、その内容によって、アンダーグランド(本物の人々)の間で
佐村河内氏の才能も再確認される。
(プロデュース能力や音楽センス等)
へそまがり、あまのじゃく(私も含む)は
新垣氏佐村河内氏の二人を好きになる人も多いでしょう。
お二方の人生について
感情移入して想像してみると
いろいろな喜怒哀楽、ドラマ、
さまざまなことがあったのだろうと感じられる。
非常に人間くさく興味深い、まさに魅力的である。
今の時代、清廉潔白なパーソナリティよりもむしろ
このような才能はあふれつつも、脛に傷というか、
屈折したバックグランドの人物やその作品に注目があつまるのではないか。
以上マニアック紳士の独断による感想です。
http://www.youtube.com/watch?v=Gfv2X8_2W38
