朝5時に起きて、お堂の中のお大師さんに「ありがとうございます」と挨拶をし、朝もやの中、柳水庵を出発した。

 しばらくの間、下り坂が続いたが、間もなく昨日にひき続き、きつい上り坂が待っていた。ゆっくりゆっくり前だけを見て進む。


 杉林の中の道に石を積んで作った階段が現れた。20段ほどの階段である。その階段を見上げると、朝もやの中になんおためらいもなく、真っすぐに前を向いて立っている“お大師さん”の像が立っていた。背後には、とても大きな杉の木が“お大師さん”を包み込むように立っている。その“お大師さん”が私に
「やっと来たか、遅かったなぁ!」
と言っているようであった。朝もやの中、大きな杉を背部に従え、デーンと立っている“お大師さん”。この姿には、ただならぬ気配を感じ、体の底からぞくぞくと霊気を感じた。

 

 ここにも無人ではあるがお堂が建っていた。その名は“一本杉庵”。

 あの真っすぐに前を向いて立っているお大師さんがとても印象に残っている。その後も多くの“お大師像”を見たが、ここ、一本杉庵で見たお大師さんが一番大きく見えた。


 一本杉庵から小さな下り坂と、長い長い登り坂を経て十二番焼山寺(しょうさんじ)に到着。よくぞ!昔の人はこんな山の中に、“お寺”を作ったものだ!と感心した反面、なにもこんな山の中に作らなくても!とも感じた。それだけきついきつい山道の連続だった。



 山中では、他のお遍路さんに出会わなかったが、乗用車やバスに乗ってきたお遍路さんの姿を見る事ができた。車道は、十一番藤井寺から、私が歩いてきた山を大きく迂回してクネクネと曲がった峠道を走り、ここまでやってきたようだ。私はそのクネクネと曲がった道を下り、次のお寺、十三番大日寺(だいにちじ)を目指した。

 大日寺までは約20キロ、山村の中を歩く。一本杉庵で見たお大師さんのように、真っすぐに前を向いて目標を“大日寺”に定め歩く。

 「一歩」「一歩」「前へ」「前へ」

という気持ちに支えられながら進む。何度、背中のザックを捨てていきたいと思ったことか。でも歩いた。ただただ歩いた。陽も暮れ始め、辺りが暗くなってきた頃、地元の買い物帰りのおばさんに
「大日寺まで、あと30分くらいだよ!」
と声をかけてもらった時は嬉しかった!「あと少し」とがんばれた!

 陽もどっぷりと暮れ、辺りが暗くなった頃、やっと大日寺に辿り着いた。19時を過ぎていた。今日は今までで一番長い時間を歩いたし、体に無理をさせてしまった日であろう。

 おばさんに声をかけてもらうまでの数時間の記憶が薄く、思い出せない。「前へ」という気持ちが、なんとかここまで私の体を連れてきてくれたようだ。

 大日寺の駐車場にテントを張らせてもらい一日の行動を終える。この駐車場で一夜を過ごそうとしていた大阪出身のお遍路さん(車で移動)がお湯を沸かし、カップラーメンをお接待して下さった。パンをかじって寝ようと思っていた私の胃袋には、思ってもいない贅沢な夕食となった。体の疲れは限界に達していたが、声をかけてくれたおばさんと、大阪の車お遍路さんによって心は満たされ、私のなが~い一日は終わった。