古賀稔彦さんの柔道 | 柔道が足りてない!

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昨今、柔道人口の減少が深刻みたいなので、皆様にちょっとでも興味を持って頂けるような柔道ネタなど書いて行ければと存じます。

古賀稔彦さん逝去のニュースは、あまりにも唐突で、個人的にも大きなショックでした。

古賀さんがバルセロナ五輪で金メダルを取った当時、小生も中学で柔道部に所属していましたので、その活躍は強く印象に残っています。

既に様々なメディアで古賀さんの柔道は語り尽くされ、今更感もありますが、追悼の意味も込めて古賀さんの柔道を改めて分析してみたいと思います。


古賀さんの柔道は、まさに必殺技ともいうべき一本背負投を軸とした、古賀さん独自のスタイルです。

一本背負投に入るには、まず引き手で相手を引き出すとともに体を回転させて相手に背を向ける形になり(体さばき)、相手の脇の下を釣り手の肘窩に挟み込んで背中に担ぐ、という動作が必要です。

古賀さんの組み手は、この一本背負投に入るためにカスタマイズされた組み手であると言って良いかと思います。

相四つ(右組vs右組)の場合、通常は引き手(左手)で相手の袖、釣り手(右手)で相手の襟を持つのが一般的ですが、古賀さんは引き手で相手の右脇の下(脇と大胸筋の境目付近)の道衣を掴む組み手でした。

この引き手の使い方は、古賀さんが所属していた講道学舎に伝わる技術のようで、現役では大野将平選手も同様の組み手を多用しています。

この組み手の利点として、まず相手に組み手を切られにくい点、そして奥襟を取られた場合であっても相手の脇下を突くことによって距離を取ることができる点を古賀さんは挙げています。

なぜ距離を取りたいのかと申しますと、一本背負投に入るための動作として「体を回転させて相手に背を向ける」必要がある旨に言及しましたが、この体さばきを行うための間合いを確保するためです。

次に釣り手の使い方ですが、釣り手は敢えて襟を持たず、相手に引き手を十分に取らせない状況を作っています。引き手を取られると、一本背負投に入るために体を回転させる動きを阻止されてしまうからです。

こうして、引き手で間合いを確保し、かつ体さばきを阻止するものが無い状況を作り出した瞬間に、得意の一本背負投に入ります。


バルセロナ五輪の準決勝、古賀さんは引き手で相手の釣り手の下から脇下を持つ組み手。下から持つことで、技に入る際に相手の釣り手を跳ね上げ、より大きく崩すことができます。

相手は引き手で古賀さんの右襟を持っていますが、持つ位置が低いため柔道衣に遊びがあり、古賀さんの体の回転を止めるには不十分です。




ケンカ四つ(右組vs左組)の場合も、相四つと若干組み手の形は異なりますが、やはり基本的な考え方としては、この状況を作り出すための組み手という事になります。

具体的な形としては、まず右手を使って相手の釣り手(左手)の袖を絞り、下方向に落としてしまいます。そうやって体さばきを妨げる相手の釣り手を殺した上で、引き手で相手の右前襟を持ち、一本背負投に入れる組み手の状況を作り上げます。



実際には一本背負投以外にも、上記の組み手から袖釣込腰、小内巻込、右方向への巴投、腰車など、多彩な技を持っていた古賀さんですが、その組み手スタイルの根底にあるのはやはり絶対的な一本背負投の威力だと考えられます。


余談ながら、古賀さんの一本背負投は、兄の元博さんが東京五輪中量級の金メダリスト岡野功先生から伝授された背負投を兄から習ったとの事で、世界を制する技術が受け継がれていた事に感動を覚えるとともに、古賀さんの技術も次世代に受け継がれていくものと確信しています。