戦国時代展 | アンクルコアラのブログ

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昨年11月3日からロングラン開催されている「戦国時代展」も今月29日で終了する。
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土曜日の朝刊でこの展覧会の記事を見て、慌てて両国に赴いた。
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「戦国BASARA」「信長の野望」などのゲームに登場するイケメン戦国武将の人気で、戦国時代に興味を持つ「歴女」が増えたことで、会場は女性客でかなりの賑わいを見せていた。

この展覧会、戦国時代に活躍した大名達を全国規模で網羅しているので、流石に一遍に展示出来ないため、前期は西国編、後期は東国編に分かれている。

今は後期なので東国編、上杉・武田・北条がメインである。従って歴女に人気の長宗我部元親に関する展示は、残念ながらなかった。

ところで歴史研究は急ピッチで進んでおり、昔のイメージは大幅に修正を迫られることが多い。

この展覧会でも最新の研究成果を基に、戦国大名の領国経営努力による経済発展、大名間の合従連衡による交易と交通手段の発展という側面から、戦国時代の意義を問い直していて、私のような歴史好きにとって実に面白い展覧会であった。

今回の展示でこれまでのイメージが変わった例を挙げてみよう。

上杉謙信の姿と言えば、如何にも「聖将」らしい白頭巾の僧形を連想するのではなかろうか。

しかし今回展示されている、上杉方の手になる川中島合戦図屏風に描かれた謙信は、イガグリ頭に白鉢巻という、まるで大工の棟梁のような姿である。
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謙信の地元では白鉢巻姿が主流で、白頭巾の僧形は武田方の描く謙信像だという。

ガテンな謙信は驚きだが、矢や刀・槍が襲う戦場で鎧兜も付けず暴れ回る姿も人間離れしている。

また実の弟が描いた武田信玄像も、従来の肥満した尊大そうなイメージと異なる、地味で神経質そうな姿に驚かされた。

しかし信玄は「信玄家法」その他に代表されるように、領国・家臣団に法治主義を徹底した人物。豪快なイメージは虚像だったのかも知れない。

イメージ通りの展示ももちろん沢山ある。謙信愛蔵の「泥足毘沙門天立像」は、小ぶりながら端正でキリッとした表情が謙信を連想させる。
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お堂に安置されていた筈なのに、謙信が戦さから帰って見ると仏像の周囲には小さな泥の足跡が残っていたので「我と共に戦ってくれたか!」と謙信が大いに喜んだという、如何にも謙信らしい逸話がある。

館内の展示物の中で唯一撮影可となっている「太田道灌書状」。政治家としても武将としても有能過ぎたことが非業の最期につながったのかも知れない。
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この展覧会のマイベストは、佐竹義重の「黒塗紺糸威胴具足」。兜の前立ては何と毛虫!
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佐竹義重は智勇を具備した名将とのことだが、前立てに何故毛虫をあしらったかは定かでない。

毛虫は前にしか進めず後退しないこと、葉(刃)を食う縁起の良さで知られるが、所詮は毛虫である。佐竹義重、只者ではない。

ちなみに佐竹義重は若い頃7人の敵を一瞬にして切り伏せたり、息子の関ヶ原参戦表明の不手際で改易されそうになったのを、家康とのパイプにより秋田転封で免れたり、転封の際に領国であった常陸から美女を根刮ぎ秋田に連れて行き、秋田美人の礎を築いたりと、面白いエピソードの多い人物である。

史実も不明な「おんな城主」よりも余程大河ドラマの主人公に相応しいように思えるが、皆さんはどう思われるだろうか?


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