私の本棚19ー木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか | アンクルコアラのブログ

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上巻563ページ・下巻600ページ。まさに大作である。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也著 文春文庫)はボリュームばかりではない。大宅壮一ノンフィクション賞や新潮ドキュメント賞を受賞した、近年屈指の傑作ノンフィクションである。
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今では知る人も少ない伝説の柔道王・木村政彦の生き様を縦軸に柔道・プロレス・ブラジリアン柔術など格闘技の興亡を織り交ぜて描かれた昭和裏面史とも言うべき力作である。大作ではあるが劇画タッチのスリリングな展開に、思いの外早く読了した。

メインテーマである木村政彦VS力道山の対決は、私も子供時代に見た記憶がある。(もちろん録画である。リアルの時にはまだ生まれていない。)

VTRは編集されていたせいもあるのか全く一方的な闘いで、木村の弱さしか印象になかった。真の実力がどうとかリベンジがどうとか言う以前のイメージしかなかった。

本書の前半で描かれる柔道家としての鬼神の強さ、ブラジルでのエリオ・グレイシーに対する圧勝ぶりと後半に描かれるプロレスでの情けない姿のギャップは凄い。

本当のところ、本書を読み終えても木村政彦と力道山のどちらが強かったのか分からない。また掴みどころのない木村のキャラクターに今ひとつ感情移入し難いこともあり、著者の木村への思い入れに辟易する箇所もある。

しかし木村の真の強さや著者の思いは別として、力道山とタッグを組んだ対シャープ兄弟14連戦の殆どで、さながら「咬ませ犬」として力道山の引き立て役を演じた時点で「鬼の柔道王木村政彦」は死んだと言えるのではないか。

どんな理由があるにせよ、越えてはならない一線を越えた時に人は死ぬということを本書に教えられたような気がする。

ただ本書は力道山絡みの暗いトーンばかりではない。全盛期の高専柔道と木村を擁する拓大予科の初優勝の章は、青春小説もかくやの清々しさである。

木村の師、牛島辰熊や木村を破った天才児・阿部謙四郎ら伝説の柔道家や、実は講道館柔道よりも強かった高専柔道など、これまで知らなかった日本柔道史も非常に興味深く読んだ。

格闘技ファン、歴史マニアはもちろん、人間ドラマを好む多くの読書家に一読をお薦めしたい。大作ながら読み応えは十二分にあることは保証する。

なお日本柔道の黎明期に、寝技に弱かった講道館が、嘉納治五郎の政治力でライバルの武徳会や高専柔道を駆逐して頂点に立ったものの、日本柔道が寝技に遅れをとったために今日の低迷を招いているとの指摘は興味深い。

しかし今さら「綺麗な柔道」「一本を取る柔道」という講道館の呪縛を誰が払拭出来るのだろうか?



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