映画感想 カズオ・イシグロ原作実写化「遠い山なみの光」(ネタバレあり) | 隅の老人の部屋

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思い出や日々の出来事を書き込んでいこうと思います。

 

 

今回は作品が持つ謎の部分にも言及しているのでご注意ください。

1982年のイギリス、ジャーナリストを目指すニキが、日本人の母親、悦子(吉田羊)に1952年長崎での体験をインタビューするというかたちで物語が展開します。

当時の日本は戦後の復興を果たし高度成長時代に向かうとともに、
戦争の傷跡も多く残していました。
若き日の悦子(広瀬すず)は長崎の団地に夫と暮らす妊娠中の専業主婦です。
元校長の義父(三浦友和)がやってくるなか、悦子は草むらのバラックに住む佐知子(二階堂ふみ)と万里子の母娘と知り合いました。

佐知子母娘は爆心地に近い場所に住んでいたため被曝しています。
貧しい暮らしをしていますが、立派なティーセットを愛用していて、元々は上流階級だったのでしょう。
態度にも毅然としたところがあります。

佐知子にはアメリカ兵の恋人フランクがいて、いつかフランクとともにアメリカに渡ることを夢見ていますが、
娘の万里子は嫌がっています。

一方、悦子は平穏な日々を過ごしながらも、
戦後となって大きく価値観が変わる時代の中で、
夫の態度に違和感を持ってしまうこともあるようです。
松下洸平が演じた夫・二郎は、当時の男性として特に問題があるようには見えません。
悦子の、当時の日本に対する違和感を象徴しているのではないでしょうか。

広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊はそれぞれ的確な演技を見せてくれています。
三浦友和の演技にも感銘を受けました。
好人物のご隠居さんといった雰囲気で飄々とした義父ですが、
戦時中現役の校長だった時には相当な軍国主義者だったようで、
息子にそのことで疎んじられていたり、
元教え子に批判されたりします。
戦時中に生きた人物としては当たり前の思想ではありますが、
元教え子と口論になったときには戦時中の古い価値観に囚われ続けていて、
新しい価値観を受け入れられていないことを露呈してしまいます。
三浦友和の演技には時代の変化に対応しきれない者の哀しさ寂しさが感じられました。

新しい価値観というのは、この作品が持つ一つのテーマであるように思えました。
1982年のイギリスも女性運動が活発化して価値観が変わりつつある時代として表現されています。

実を言うとこの作品、私には力及ばず理解しきれない部分がありました。
悦子の回想が難解ということはないのですが、
終盤には悦子の回想が真実と虚構の入り混じったものであることが明かされます。
どの部分が真実で、どの部分が虚構だったのか、
私には物語の再構築がしきれませんでした。

原作者自身が製作に加わっているので、
描写に間違えがあったということはないでしょう。
監督の石川慶も「愚行録」(2016)、「蜜蜂と遠雷」(2019)、「ある男」(2021)を見ていて、
傑作とまでは言えないものの、いずれもなかなかの佳作で信頼できる演出者と感じています。

 

 

回想の中の悦子と佐知子は、実は一人の人物の二つの面を表しているようです。
このことは回想の中で流ちょうに英語を話しているのが佐知子であるのに対し、
イギリスに渡った悦子が通訳をして夫を支えたという言及があったので、
ある程度察していました。

 

 

もし真知子が、悦子の死んでしまった長女・景子だったとすると、
ニキとはかなり年が離れていることになり、
悦子と散歩していたニキが、出会った女性に景子と見間違えられてしまう展開がしっくりいかなく思えます。

ニキは母親の荷物の中に佐知子が愛用していたティーセットを見つけます。
回想の中で佐知子は持ち物をアメリカに運ぶために梱包していたので、
悦子が譲り受けたということはないでしょう。
一方では悦子が義父から受け取ったハガキを、ニキが手にしている描写もあります。

 

 

終盤で回想の中の佐知子が、実は悦子だったという描写がありますが、
残されたイギリス人や二人に娘と写る写真では二階堂ふみであるように見えました。
もっともこれは短いモノクロ写真の描写だったので、
私の見間違えかもしれません。

 

 

最後に自信はありませんが、私が達したひとつの仮説を書いてみます。
義父に送り出された二郎は戦死していて、
回想の中の真知子は実際には存在せず、
生まれなかった夢の存在なのではないでしょうか。
そうすれば悦子が、義父のハガキも佐知子のティーセットも持っていたことの説明がつきます。

 

 

悦子が妊娠していたのは、イギリス兵の子供で、
イギリス兵をアメリカ兵と言っていたのは、
悦子がアメリカに、より強く自由と可能性を感じていたからかもしれません。

 

 

劇場でリピートする予定はありませんが、
いつか見直して再考してみたい作品ではあります。