緊急事態宣言期間中に動画をSNSへ投稿されたプロ演奏家が多いが、高橋和彦氏もその一人である。
特に私が気に入ったのはこの「月に向ひて」。
この曲若い時竹内郁子さんのCDを聴いて知っていたが、当時はとても私の弾ける曲ではないと思っていたし、楽譜も手に入らなかった。
そして数十年経過したのだが、高橋氏の動画を聴いて久しぶりにこの曲に感動した。
定年後の今は練習時間は確保できるので、弾いてみようと思い楽譜をイグチさんにお願いした。送られてきたのは、当時出版された時の楽譜のコピーだった(大正14年)。表紙も裏表紙もありレトロぽい。表紙には「月に向ひて」の文字。実はこの曲名は創作で、イタリア語を直訳すると「月へのセレナータ」。なので最近ではこちらの曲名で演奏されているようだ。高橋氏のユーチューブもこちらを使用している。裏表紙には詩のような解説文が載せられている。これを書いた人物が曲名を創作したのだろう。しかし「月に向ひて」の方がこの曲に合っている気がする。月に向かって自らの想いをマンドリンを通し訴えかけるような曲想だからだ。特に冒頭のカデンツェとその後の出だし部分。長く日本に滞在したイタリア人作曲家なので、故郷を想い孤独な心境を音にしたのだろうか。情熱的な激しさもあるが悲しい曲想で暗雲立ち込めるおぼろ月を思わせる。しかし後半はこの解説文にあるような南イタリアの乾燥した夜空に浮か綺麗な月を思い起させる綺麗なセレナータのメロディで聴く人を安らかにさせる。冒頭の部分は日本的な叙情を私は感じる。日本に長く滞在したせいかもしれない。
マンドリン界ではこの曲の作曲者という事くらいしか知らない人も多いのではないでしょうか。しかし経歴を見ると日本のマンドリン界のみならず声楽界に与えた影響力は甚大なものがあります。
イタリアシエーナの出身で、マンドリン工房の職人でありギターマンドリンの名手で、フィレンツェの皇室マンドリン合奏団のチルコロ・レジナ・マルゲリータの指揮者もした程の人でした。その後テノール歌手に転向。プチーニと親交があり、彼のオペラ「ラボエーム」で主人公ミミの相手役を演じたほどでテノール歌手としても才能が認められていたようです。1911年上海で公演を予定していたところ辛亥革命が起こり中止、やむなく来日し、その後一時イタリアに戻る事もあったようですが、亡くなる1936年まで日本に滞在し、日本の声楽家やマンドリニストの指導をしました。
我が国初のプロのマンドリニストである田中常彦も彼の指導を受けイタリア留学の助けを受けています。武井守成とも親交があり、戦後のマンドリン界の発展に尽くした鈴木静一も弟子のひとりです。声楽ではそれまでドイツ音楽一辺倒であった日本にイタリア式のベルカウント唱法を伝え、これまた多くの人を指導しています。朝ドラ「エール」で有名になった三浦環とはオペラで共演もしています。
という訳で日本の音楽界に大変貢献した人物であり、この人抜きには今の日本のマンドリン界声楽界はこのような発展を遂げられなかったと思います。ただ、人生の後半を日本で過ごした事もあり、欧州での知名度は低いようです。この人の名前をネットで検索しても外国では取り上げられている件数は少ないです。また日本では有名なこの曲も海外では弾かれてないようで、YouTubeの動画投稿もありません。恐らく彼の名も、とても素晴らしいこの曲も知らない海外のマンドリニストはいるのではないでしょうか。SNSを通じて教えてあげようかなと思っています。
日本でもこの曲は有名でも彼が作曲した他の曲は知られてません。中野譜庫の目録を見ると、この曲含め15曲ほどあるようです。これらの他の曲も日の目を見る事があればと思います。
今この「月に向ひて」を練習中です。思った程技巧的には難しくないのですが、聴く人を魅了する叙情性を出すのは難しいです。どんな音色テンポ強弱で弾くべきか非常に悩む曲ではあります。奏者の表現力感性が試される曲ですね。

