第十一話「うるわしき友」(原典第四十六段) | 八海老人日記

第十一話「うるわしき友」(原典第四十六段)

 むかし、ある男が、大層仲のよい友人を持っていた。片時も忘れず相手のことを思っていたのに、その友人が地方へ行くことになって、大変悲しい思いで別れた。月日がたって、その友人がよこした手紙に、「我ながら驚くほど長い間、お目にかからずに月日がたってしまいました。もう私のことなどお忘れになったのではないかと、大変心淋しく思っております。世間の人の心は、会わずにいるとその人のことを忘れてしまうのが習いのようですね。」と書いてあったので、男は次のように詠んでやった。


 「めかるとも おもほえなくに 忘らるる時しなければ 面影に立つ」(会わなくても 疎遠になったという気もせず 忘れる時もないのですから 貴方の姿かたちがいつも目に浮かんでいます。)


<注釈>

【めかる】

 「目離る」と書く。男女や友人同士が会わないでいて疎遠になることを言う。友人から来た手紙の原文には、「世の中の人の心は目離るれば、忘れぬべき物にこそあめれ」と書いてあった。

【面影】

 顔つきや姿かたちという意味と、もう一つ幻という意味がある。古代には、自分が相手を思い続けていると、相手の面影が瞼に見えてくるという信仰があった。


<鑑賞>

 伊勢物語には、第四十六段のように、友情を主題にした歌が、男女の恋を詠んだ歌の数に劣らないほど詠まれている。そしてまた、男の友情の歌を男女の恋の歌として読んでも、全く不自然でないものが多い。現代においては、男同士の友情をテーマにした歌はあまり見かけない。古代では、友情も恋に似た思いだったのかも知れない。