はじめに
(伊勢物語写本)
昨年は、源氏物語千年紀ということで、世界的に優れた日本の古典文学がもてはやされた。ところが、源氏物語に先駆けて成立し、源氏物語に勝るとも劣らない作品があると哲学者の梅原猛は言う。それが伊勢物語である。そこで私のブログ・八海老人日記は、昨年まで、古典中の古典である万葉の世界を彷徨ってきたが、一段落したので、今年から新たに伊勢物語の世界に首を突っ込んでみたいと思う。
テキストは、中村真一郎の「伊勢物語」(2007年、世界文化社)。中村真一郎(1918~1997)は、東京生まれ、東大仏文科卒で、作家、文芸評論家として知られ、「四季」四部作(昭和50~59年)で日本文学大賞を受賞。中村真一郎の「伊勢物語」は、全百二十五段の内、五十二段を抜粋して現代文で分かりやすく、読みやすく,絵や写真を交えて編集したもので、キャッチフレーズは、「業平の心の遍歴を描いた歌物語」となっている。
娘のために源氏物語を書いたと言われる宮廷女性・紫式部も、恐らく伊勢物語を愛読した一人だったと思われ、伊勢物語からの影響も受けたであろうと推定されるが、源氏物語が光源氏を主人公とした長編小説とすれば、伊勢物語は、短編小説的な構成となっている。、古典文学作品の特徴は、読者が写本によって広がって行く内に、成長という現象が見られることである。紫式部は源氏物語のほんの一部を書いただけで、大半は写本が繰り返される内に加筆されたものであった。伊勢物語も同様で、最初に書いた人は誰か分からないが、後からどんどん歌物語が付け加えられて行き、終いに業平を巡るエピソード集のような読み物となったようである。
竹取物語や今昔物語など古代の古典は、何よりも作家の個性を尊重する近代の文学作品と違って、愛好者達の共有財産であり、作品が年と共に成長するという現象を伴うのが普通であった。これが初期段階に続く第二段階であり、やがて成長が止まり、作品としての内容が固定化する。これが第三段階である。伊勢物語も、各段階の写本が、百種類以上現存している。伊勢物語が作品として成立したのは九世紀の中頃と推定され、十世紀に掛けて成長し、最も普及したのは、江戸時代になって絵付木版本が出版されるようになってからである。
私のブログは、これから「日本古代史」、「小唄人生」と共に、「伊勢物語の世界」で、中村真一郎のテキストにより、源氏物語に劣らない五十二話の歌物語を紹介してゆく積りである。乞うご期待。