万葉の世界
愈々万葉の大看板、人麻呂までやってきた。そもそも万葉の時代は、今から千二百年以上も前のことで、まだ固有の文字も無く、漢字を借りてきて、万葉仮名といわれる文字で書かれた万葉の記録も、疑問や謎に満ちている。特に中心人物である人麻呂と言う人は、万葉集を背負って立つ歌聖と言われる程の人でありながら、生没年不明、足跡不明。分かっていることは、貴族の出であること、持統女帝に作歌の才を認められて御用歌人に抜擢され、女帝のために数々の長歌や短歌を作り、万葉集に多くの作品を残したということだけである。
私のクラスメートで万葉集を研究している人がいて、八年ほど前に、その人のレクチャーを聴いたことがある。万葉仮名で綴られ、大伴家持が編纂したと言われる万葉集は、家持の死後百七十年くらいは、誰にも万葉仮名が読めなかったらしい。学問の神様・菅原道真ですらお手上げだったという。江戸時代になって、契沖や真淵や宣長等の努力でやっと読めるようになったもののようだ。
私は、歌人でもなく、歌を趣味とする者でもないから、歌の良し悪しはよく分からない。ただ、人麻呂を巡る多くの謎については、大変気になる。持統帝や文武帝の身近にいた人なのに、、古事記や日本書紀に人麻呂の名前が全く出てこない。辺鄙な場所で、誰に看取られることもなく死んでいる。それに、いろは歌の暗号など、ミステリーが空想を掻きたてる。人麻呂が生きた時代が、宮廷内の権力を巡る争い、クーデタ、内乱や暗殺事件などの不安が一杯で、人麻呂も何かの事件に巻き込まれて地方に流され刑死し、古事記や日本書紀からも抹殺されたた可能性は否定できない。
仏教の経典の中に「金光明経」というお経がある。大きな天才や疫病などがあると必ず読まれるお経であるが、「金光明経義」という説教本に、人麻呂の怨霊が込められているという。この本の巻頭に、万葉仮名で書かれた「いろは歌」が載せられていて、いろはにほへと ちるぬるをわか よたれそつねな らむうゐのおく やまけふこえて あさきゆめみし ゑひもせす と、七字ごとに行を区切られており、その七字目だけを拾って読むと、「咎無くて死す」となる。これは、人麻呂の悲痛を込めた暗号だと言う。しかしこの話は、出来すぎているので作り話かもしれない。
人麻呂が死んだ石見(いわみ)の国に、柿本神社というお社があって、人麻呂が祀られている。神道で神に祀られるのは、①天皇のように位の高かった人か、うんと力の強かった人が死んだ場合、②罪無くして流罪などに遭い、刑死したり殺されたりして怨念が残っている場合で、人麻呂や道真や将門などが②の場合に当て嵌まる。江戸時代の国学者には見えて来なかった人麻呂の死に疑問を投げかけた最初の人が柳田国男であったという。私は、梅原猛の「水底の歌」を未だ読んでいないから、この本のことについては何も言えないが、いつか読んでみたいと思っている。昔の役人たちは天変地異があると、人麻呂の祟りだと言って恐れたらしい。その度に、金光明経を唱えたり、人麻呂の子孫の位をあげてやったりして、人麻呂の怨霊が鎮まるように祈ったという。