小唄人生 | 八海老人日記

小唄人生

 8月23日の天声会の小唄会で唄うことになった小唄の一つ。「すだれ下ろした船の内 顔は見えねど羽織の紋は 確か覚えの三つ柏 呼んで違わばなんとしょう 後や先とで心が迷う エエもうじれったい 船の内」


 隅田川の船遊びの風景を唄った江戸小唄で、安政のころ流行った端唄が元になっている。隅田川の船遊びは、元禄の頃からの風習で、文化・文政の頃が最も盛んだったらしい。春は花見船、夏は涼み船、秋は月見船と、両国橋を中心に、江戸の人はよく遊んだようだ。


 屋根船は、客がお侍の場合は、障子を立てて中が見えなかったが、町人の場合は、すだれを下ろさせ、中が透けて見えるようにするのが決まりであった。船の中に酒肴を持ち込み、三味線や太鼓で賑やかに騒ぐのもあれば、芸者と二人だけで逢う瀬を楽しむのもあった。天保の頃には、船の一隅に吉原枕が二つ常備されるようになった。


 浅草の近く、隅田川の畔に、大きな松の木があって、その辺に来ると船頭に煙草が切れたからと言って余分の金を渡して買いにやらせると、船頭も心得ていて、船を松の木にもやったまま、イットキ(二時間)も経たないと帰って来ない。その間に女を口説いてものにするわけ。それでその松の木を「首尾の松」と言ったが、関東大震災のとき焼けてしまって今はない。


 隅田川の船遊びの小唄は、「すだれ下ろした」の他に沢山あって、「川風に」、「涼み船」、「上げ汐」、「今宵は雨」、「上手より」、「影絵」、「腕守り」と、数え上げるときりがない。小唄の文句を全部紹介する訳にもいかないが、夏の季節のものが多く、概して色っぽい。