小唄人生
5月24日、神楽坂・志満金で行われる天声会の小唄会で、蓼静奈美さんの糸で「夜の雨」を唄うことになった。「夜の雨」は、髪結新三を唄った芝居小唄で、吉井勇の作詞は、「待てど来ぬ 人を恨みて恨みて人を ラジオかければ亡き音羽屋の 声も良く似た声色遣い 《丁度所も寺町の 娑婆と冥土の別れ道 その身の罪も深川の 橋の名さえも閻魔堂》橋の夜の雨 」と声色入り。作曲は、長唄の十四世宗家・杵屋六左衛門。髪結新三を扱った芝居小唄は他にいくつもあるが、この唄が出ることは比較的少ない。「眼に青葉 山ほととぎす 初鰹」というのが一番よく唄われる。
芝居は、河竹黙阿弥作で、外題は、「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」。大岡政談を題材にしたもので、髪結新三は六代目尾上菊五郎(音羽屋)の当り役中の当り役。吉井勇の小唄は、この芝居の大詰めのクライマックス「深川閻魔堂橋の場」で、遊び人で散々悪事を重ねた髪結いの新三に辱められた顔役の源七が、深川の閻魔堂で橋新三を待ち伏せ、命を寄こせと切りかかるのを、新三がせせら笑って匕首を抜きながら吐く名台詞が《丁度所も寺町の・・・・》。この菊五郎の声色がこの小唄の聴かせどころである。
作詞者の吉井勇については、今更言うをまたないが、老いらくの恋で世間を驚かしたが、粋人としても知られている。作曲者の十四世杵屋六左衛門(明治33年~昭和56年)は、昭和30年に伊東深水の依頼により小唄「十代目」を作曲したのが始まりで、以後伊東深水や吉井勇の作詞による芝居小唄や舞踊小唄を数多く作曲した。
六代目菊五郎の声色がこの小唄の聴かせどころだと言ったが、私はこの芝居は何べんか見たことはあるけれど、音羽屋の台詞がどんなだったか覚えていないしテープもない。中村勘三郎のテープなら持っているからそれで勘弁してもらう。