大阪府が行った強制代執行。

今まで公権力に抵抗して勝ったためしがない。


役所には初めから”話し合う”ということはなくて、常に前例に従うのみである。

役所には、はじめましてはないのである。


結論ありきの公共事業相手では、結局は従わされるのである。


徳川200年の鎖国の間にお上(官僚)の力は絶大になってしまった。

芋掘りをあきらめさせられた園児はやがて成長し、歴史を学ぶとき、今回のことを重ねて考えるかもしれない。

桜島
白熊

前の携帯をいじっていたら、今年鹿児島に出張したときの写真が出てきました。

(上)桜島  (下)天文館 (右)白熊(ミニ)


実は、鹿児島には39歳のときから8年間転勤で住んでいました。

当時は、高速も繋がってなく、新幹線ももちろんなく、ローソンも7-11もなく、福岡から見ると別世界へ旅立つようでした。


しかも、桜島が活発な時期で、桜島の火山灰(へ)が音を立てて降り注いでいたのです。

窓を閉めていても灰はどこからともなく室内に進入し積もります。

ある人物に言わせると、こんなに活発な活火山からわずか数キロと離れていないところに、50万もの人が暮らしている都市は世界でも鹿児島くらいなものだそうです。


雨でもないのに(灰よけの)傘をさしている人たちを見て、「コリャトンデモナイトコロニキタワイ」 「トテモクラシテイケン」と思ったものでした。


でも、鹿児島はそんなえーかげんな気持ちの、はじめましての男を温かく迎えてくれたのです。

閉鎖的な土地柄とも聞いていた僕は、熱く厚い人情に驚き、感激したことを今でも思い出します。


鹿児島弁は言語学的には女言葉だそうです。

意味不明な鹿児島弁でもなんとなく分かるのは、優しいイントネーションと、言葉に気持ちが入っているからでしょう。


あれから20年経ちますが、鹿児島は今でも大好きなところです。

もし、違う場所に住めるとしたら鹿児島を選びます。


歴史の厚みに育まれたのでしょうか、はじめましての人をまるで旧知のごとく迎えてくれる包容力を感じるところです。




三浦元社長ロスで自殺。

このニュースに接して驚いた人は多かったのではないでしょうか。

僕は、彼にとってこれからが本当の生き様を見せるときがきたと思ったのですが。


移送を受け容れたときに、覚悟を決めていたのかも知れませんね。

彼も61歳の還暦。思いもよらない人生の閉じ方だったでしょう。


他人の行為や言葉で生き方が左右されることがあります。

気持ちが揺れ動き、ぶれることがあります。


でも、最後だけは自分で決めたい。

悔いなく決められるよう、今からでもできることを始めチャレンジしたい。


小さなことでもいいから、はじめましてのココロを忘れないように。