今日は大学の先輩の結婚式に二次会から参加する事になっていた。
披露宴の終わりが遅れているらしく、新郎新婦や披露宴からのゲストはまだ到着していないらしい…。
知らない人ばかりの中で所在なく壁際に立ち、とりあえず飲み物を手にする。
ちょうど反対側の壁際に立っている紫色の服を着た女性がいた。
そう思った瞬間高校の時の事を思い出して恥ずかしくなった。
高校の古文の授業は理系の大学に進学を希望していた僕にとって、試験に必要なだけの勉強をする、苦痛な時間だった。
二年のある日、やる気もなく古文の教科書をぱらぱらとめくっていると、女性の挿絵にふと目が止まった。
黒い長い長い髪に、伏し目がちの眼に長い睫毛。薄い藤色の着物着て今にも消えてしまいそうな儚げな女性だった。
このページは源氏物語の抜粋で、主人公の光源氏が恋をした、父の妻の藤壺の宮の挿し絵らしい…。
僕は何故かこの挿し絵から目が離せなくなり、古文の教科書をいつも持ち歩いては、時々こっそりと眺めていた。友人には絶対こんな事言えなかったが、授業のない日でも教科書を持っていたので「あれ、今日古文あったっけ?」と友達が慌てる事もあった。
藤色の女性をこっそり見ていると、誰か男性が話しかけている。
あ、あれは僕の大学の先輩だ…。
僕と同じ大学だったんだろうか。ドキドキしていると藤壺の君と話していた大学の先輩が僕を見つけて近寄ってきた。
「久しぶりだな。うちの大学の連中は披露宴から参加しているのが多いから、まだあんまり集まってないなぁ。」
「先輩、今話していた人、うちの大学の人でしたっけ?見覚えないですけど…。」
「うちの大学の人だけど多分かぶってないと思うよ。俺が一年の時の三年生だから…。ゼミも俺たちとは違うから卒業してからも集まる機会ないしね。せっかくだから紹介しようか?話し相手も少なくて手持ち無沙汰だろう。」
どきどきしている事を悟られないよう、必死で藤壺の君の足元を見ながら近付いていった。