バイオリンを弾いていたのは今夜の集いでピアノにあわせてバイオリンを披露してくれた夫の従兄弟彼だった。
まだ確か大学生で、夫と年が離れているせいかそんなに親しいやりとりがなく、正確な学年はわからなかった。多分夫やもっと年上ばかりがいる、別の場所で行われている集まりには参加しなかったのだろう。
消音器を付けて弾いていたらしい。どおりで遠くから音がしているように聞こえたはずだ。
「いえ…。」
一人で、しかも十分には踊れないので手と足先だけをばたばたさせているおかしな踊りだったと思う。
そんな踊りを見られてしまった事が恥ずかしくて言葉がなんだか出てこない。
「バレエやってらしたんですかね。さっき演奏していた時も音楽に合わせて、足がつま先立ちになってたりしたので。」
自分では気がつかなかった。
「恥ずかしい。そんな事してたなんて。」
「いえ、そんなつもりで言ったんじゃなかったんです。」
慌てたように言葉を続ける。
「むしろ踊ってくれるなんて嬉しかったです。僕はたいして上手なわけじゃないのに、僕のバイオリンに合わせてリズムをとってくれるなんて。」
「そんな事ないです。久しぶりに生の演奏、それもバレエの曲を聴けて嬉しかったです。」
「よかったらさっきの曲また弾きますので踊って下さい。僕は後ろ向いてますから。」
そう言ってくるりと後ろをむくと、くるみ割り人形の中のとても有名なワルツ、花のワルツをまた弾き始めた。
金平糖の精の大勢の侍女達がクリスマスの夜に華やかに舞い踊る曲…。薔薇色の衣装が舞台一面に広がっていく様子が目に浮かんだ。
転んだりしないようにワルツのリズムにのって、ゆっくりと、そっとステップを踏む。
足元に生えている羊歯がかすかな葉ずれの音をたてる。
トントントン、トントントン。
今確かにお腹の中でトントントンとリズムを踏んでいる。
トントントン。
お腹の中でも踊っている…!私と一緒に踊っている…!
お腹の中で「早くお外に出て思いきり踊りたいなぁ」と背伸びをしている小さな赤ちゃんの様子が目に浮かんだ。
ステップをとりながらそっと話しかけてみる。
お外に出てこられるのは多分クリスマスの季節。
そうしたらこの曲で、一緒に思いきり踊れるはず…。