物語の結末等に触れている部分がありますのでご注意下さい。
お願い…?
初対面の人に真剣な顔で言われて少々戸惑う。
この家のアイデアの元になった建築物を教えて欲しいとかかしら…。
建築に携わる者同士ではよくある事だ。
「僕、ユジンさんに僕が住む家の設計をお願いしたいんです。」
えっ!おじさんの息子さんの住む家を…?
で、でも私インテリアデザインの方が主なので家全体の設計であれば他にもっと良い人が。
おじさん、いえ貴方のお父さんであれば長年建築現場にいたのですから、もっとベテランの優秀な方を知っているはずです。
「いえ、ユジンさんに是非お願いしたいんです。アイデアを駆使して奇をてらう家や、ほどほどの値段で見た目よく仕上げる事が出来る人は他にも沢山いると思います。ユジンさんの他のデザインも見せてもらいましたが、シンプルで品があって、それでいて明るく気取った所のない家。派手さはないけれど一度その中に入ってしまうといつまでもそこにいたくなるような、心から深呼吸できるような空間を作りあげられる方だと思いました。僕が父から聞いたユジンさんも正にそんな人柄の方だから、そういう空間を作り上げられるんだと思います。」
大人しそうな青年が一気に喋り、少し照れたような笑い顔を浮かべる。
「それにこれは僕だけの家ではなく、僕の家族、父と結婚したばかりの妻、そして生まれてくる子供と住む家なんです。」
まあ…。おじさんも一緒に…。お子さんも産まれるんですね。本当におめでとうございます。おじさんがおじいさんになるなんて…。
あの私に毒舌ばかり言ってたおじさん。お孫さんの顔を見てこれ以上目尻を下げられない程下げた顔が目に浮かぶ。
「もちろんあんな豪華な家は無理です。でも父が退職して、子供が産まれるのを機に父母の郷里に帰るつもりなんです。そこに祖父母が残してくれた、海沿いの森を背にした土地に住もうと思っています。建物はずっと小さく質素にしてもらわないといけないですが、田舎なので広さだけはたっぷりあります。」
青年は熱心に私に希望を語り続ける。
「海の音で目が覚めて、潮の香りをかぎなから家族の顔を見て朝ごはんを揃って食べる。
休みの日には庭でのびのびと遊ぶ子供達を、父や妻と顔を見合わせながら眺める…。
結婚して子供が生まれたら、そんな生活をする事に憧れていたんです。
だからあの不可能な家にいると、森と海に抱かれて、横には最愛の人がいる家、そんなイメージを心に描きながら作り上げた。まだ私も若かったので理想を一杯に盛り込んで豪華過ぎる家になってしまったけれど…。
わかりました…。力不足かもしれませんが、おじさんやご家族に喜んでもらえるような家になるよう、精一杯頑張ります。
私の二軒目の不可能な家を作ろう。
ん?違う、違う。これは現実になるんだから不可能な家じゃない。
最初の不可能な家だって建物として生まれる事が出来た。それは幸運の巡り合わせではなく、心からこの建物を存在させたいと思ってくれたキム次長が全力を尽くしてくれたから。
私も可能か不可能かなんて考えず、心からその家が必要だと思い、ただ全力を尽くそう。
その日差しを振り切るかのように私は力強く頷いた。
終り