学校やなんやかんやで最近ばたばたしてて、またこのブログ見ていただいてる方のなかには伝えにくいところもありまして…ちょっと時間ができたので一応報告しときます。
3月16日、うちのじいちゃんが享年71歳で急逝しました。
今日は三十日の法要が長崎でありますので、長崎に帰ります。
最後に交わした会話は、前日の夜の「おやすみ」。
本当に最後まで異変に気づかず、その日も普段通りデイサービスに行くものと思ってました。
その日は僕は朝から久留米に来てまして最期を看取ることはできず、この訃報は長崎に帰ってきてから聞かされました。
はじめは何のドッキリかと思いましたが、うちに帰ると動かなくなったじいちゃんが布団に寝てました。
なかなか受け入れたくなくて、その時は顔は見ずに線香だけ形式的にあげ…。
死因は急性大動脈解離とのこと、大動脈が破裂したようです。
朝ご飯も通常通り食べ、デイサービスに行く準備をしていたじいちゃんですが、妹がじいちゃんの激しいうめき声に気づいて救急車を要請。
病院で処置を受けたようですが、詳しい検査中に心肺停止を繰り返し…。
そのまま逝ってしまったようです。
本来ならば誰もいない時間帯でしたが、妹は大学休み・母はインフルで仕事休み。
誰にも気づかれずに逝ってしまわなかったのはせめてもの救いです。
もともと脳梗塞を患ってて右半身にマヒがあったのですが、まさか心臓が悪いとは知らず。
マヒのためうまく歩くことができず移動の際は常に介助が必要で、うちからお寺に出発する時や出棺の時など最後の最後まで周りの人に抱えられて幸せだったことでしょう。
僕はいつも手を引いてあげていたので最後も僕がと思い、お寺に出発する時や火葬場に着いてから炉の中へ運ぶ時は僕も抱えました。
やはり今になってもなかなか受け入れることができません。
何か家事や介助をしてあげた時に「どうもどうも」といつものお礼が聞こえてきそうです。
しかしじいちゃんは身をもって「一寸先は闇」を教えてくれたのでしょう。
お坊さんも仰ってました。
いつこの命が終わるか誰にも分からない。
つまり我々は故人が生きたかった明日という今日をまさに今生きてるわけで、それをぼけーっと過ごすことがいかにもったいないことか。
小言にイライラすることもありましたが、それは僕達家族を心配してのこと。
もっと感謝の言葉を表さないといけませんでした。
こんな後悔しないためにも、これからは一生懸命生きないとですね。
じゃ、今から帰崎の準備します。