何か思い出せないのかと、空中浮遊をしているような頭で、ひたすら時間を遡れば、彼と一緒にいた時間の風景だけは、思い起こせるまでにいたったのだった。
彼と歩いて登ったシンデレラの階段は、いつもと違った景色のようだった。
何気なく見ていた社殿に上る手前の左側にある、大きな楠が、まるで私たちを出迎えてくれているように思え、階段を上がりきった場所にある大門さえも、お城への入り口のように思えたほどだった。
その先にある、拝殿への階段は、さながら結婚を決めて今から式を挙げる花嫁のような、そんな気分にまでなり気味だったが、参拝時の彼の真剣な横顔に、浮つき過ぎる私の妄想は、恥を知ってか、すっと消えていったことは、覚えていた。
結局覚えていたのは、恥ずかしい妄想に浸った、悲しき中年女の夢の風景ということだろうか・・・。


参拝の後、


「そうだ、あなたの名前を聞き忘れてました。」


まだ、互いに名乗っていなかったことに、ここで初めて気が付いた彼は、私に名前を尋ねた。


「八坂 椿です。」


「へぇ~今の時期にぴったりのお名前ですね。僕の名前は、知ってますよね??」


ちょっと自信なさ気に、語尾が上がる彼が何だかとても可愛く見え、ふふっと含み笑いが零れたのだった。


「はい、俳優の長山耕介さん。」


「正解!!よかった~~。案外知らないという方が多いんで。なんだか、あなたとはこれで終わり、という気がしないなぁ、偶然の再開、またそれがありそう。あなたと僕が、偶然の再開を何回繰り返せるかな?そうなったら、椿さんと僕は何か強い縁で結ばれてるだろうなぁ。」


別れ際、彼が予言するようにそう言った。
次に会う約束したい、そんな私の想いなんて言えるわけもなく、作り笑いを顔に浮かべ、次の偶然の再開を願いつつ私は彼と別れたのだった。
家に帰えると、会えた嬉しさに跳ね上がる気持ちとは裏腹に、縮まることのない彼との距離が、交互に私の胸に去来したのだった。


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