【大将と救い主】


敗北を味わった後、さすがの時貞も2、3日は精神と肉体共にダメージが大きく、立ち上がることすら出来ずにいた。その様子を母上は、


「時貞、あまり無茶をするでないぞ。」


そう一言だけ言われ、後は優しく時貞の頭を撫でるだけだった。こっぴどく叱られた方が反論のしようがあるが、全てわかった上でそう言っている母の言葉に、自分の愚かさがひしひしと胸に響いた。

それから1年が経った。時貞の身体は、前よりも一段と締まっていた、剣の腕も、数段に上がった、そして相変わらず佐々木と繋がっている、ただ、少し変わったこともある、


「あれ~四郎ちゃんじゃなかと~。どがんしたとね、こげん昼間っからここにくっと(来る)はなんかあっとね?」


「絹姉さんにお礼ば持ってきたとたい。」


元服はしたものの、前髪は切らずにいて変わらない、顔も変わらないのは当然だが、服装が少し遊び人風の着流しを着て岡場所に現れたのだ。佐々木との契りの日以外にもここに顔を出すようになっていた。最初のうちは顔を覚えられることが嫌だと思っていたが、通い続けるうちに顔なじみもでき、そこの姉さんたちが、四郎を可愛がってくれるようになったのだ、佐々木に酷く扱われた時など、厠に立つ四郎にそっと近寄り、薬を渡してくれたり、女を抱く施しをしてもらったりと何かと世話を焼いてくれ、姉さんたちの可愛い弟分のような存在となっていた。そして、ここで使う言葉は、長崎の庶民の言葉を使うことで、より親しみを持って周りが近づいて来てくれた。


「なんのお礼ね?」


「ん?忘れたと?ほら、夜の時に使うやつ。あれ、ほんとによかね。使こうたらさ、佐々木様えらいご機嫌になってくれてさ、ついでにおい(私)は痛う(いと)なかったし、あれは上等やった。だけんが、ほら、これ、きれかかんざしば見つけたけん。」


「いや~よかと~。もう、四郎ちゃん、今日は私をもらっとく?」


「そいわ・・・。遠慮しとく、後で佐々木様にばれたらこわかけん。またえらい目に遭うからね。」


「んっもう、つれなかねぇ。そうだ、また、島原でなんかあったごたんよ。この間相手ばした人が、つい溢しなったとさ。また、たくさんの人が殺されたらしかよ。そいでね、ほらあそこ、こまんか(小さい)女の子のあそこで掃わきよっやろ。あん子のおっとさんも、おっかさんも騒動に巻かれたらしくてねぇ。そいで人買いに買われてここに来たとよ。こんところ島原とか天草とかあの辺の子がこの辺りに増えとっとよ。」


門近くで、箒を手にした、見た感じ十になったくらいの女の子が、仕事をしていた。この時代、子どもが親に売られて、こういった岡場所のようなところで下働きをしていることはよくあった。しかし、最近は島原からくる子が多いと遊女の姉さんが教えてくれたのだ。


このところ、島原と天草では細かいながらもいさかいが絶えなくなってきていた。圧政によっての困窮と、作物の生育が良くなく昨年の収穫は、かなり激減していた。そんなことお構いなしの島原城主の松倉は


「儂の為に働かずして誰の為に働くのか。徳川が天下泰平を築いたとしてもぞ、この島原は儂が治めておるのだ。ええい、言い訳は聞きとうない。農民の食べるものがなくなっても構わぬ。年貢をきっちり納めさせるのじゃ。納めれない奴は使役をするか、蓑踊りになるだけじゃ。」


城下の家臣にそう伝えると、一層の苦しい取り立てをしていた。そのことは、父、益田甚平好次より聞かされていた。しかし、聞くのと、現実を見るのとでは、心に残るものが違うのだ、目の前にいる少女は、時貞の妹、万とほぼ変わらない年齢の娘のようだった。


「こんにちは、お~ち(あなた)はどっから来たとね。」


時貞は近寄って、優しい声で話しかけた


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