門前で待っていた佐々木に後ろから声をかけた。


「佐々木様、お待たせいたしました。」


「ほう・・・。そのような格好をすれば、お縄になることわかっておろうに。」


そう言いながらも、佐々木はゴクリと唾を飲んだ。たまらなく美しく、たまらなく触りたく、この場にて押し倒したいほどの欲望が込み上げてくる。その思いを、唾を飲み込むことで落ち着かせようとしていた。この時代、歌舞いた格好をした若者が狼藉など働くゆえに、取り締まりを強化していたのだ、あえてのその恰好。あなたに掴まるという意味も込めて、時貞はこの装いをしたのだ。


「近くに贔屓にしている茶屋がある。そこで、ゆるりと・・夕餉(ゆうげ)と参ろうか。」


「好都合でございます、私も腹が空いております。屋敷にも今日は帰らぬと申しておりますゆえ、ゆるりと時を過ごせましょう。」


屋敷のほとんどの者には伝えていたのだが、運之丞だけには外泊するとは伝えてこなかった。また、邪魔をしに来るやもしれない。運之丞を守るためにも、時貞は嘘を伝えてきた。


”許せ運之丞。儂は、抱かれてくる。”


佐々木の後ろを歩きながら、ぎゅっと両手を握りしめた。覚悟を決めて来てはいるが、さすがにしたことのないことをこれからするのだ、お小姓上がりの者に、どのような事をするのかあらかじめ聞いて、行為の手ほどきは受けようと頼んだ時、一瞬にして時貞の謀(はかりごと)を見抜かれた。そして、忠告と、助言、そしてそのものの行為自体を受けることになったのであった。


「その男が好きでやるのではなかろう。大方、間者気取りでするつもりであろう。今のままではすぐにばれる。もっと、されることに身体や感覚を預けよ。じゃが、頭の中は澄ませておけ。そこが、大事じゃ。征服させた気にならないままじゃと、口から欲しい情報は零れてこぬ。良いか、半端は命とりじゃ。そして、相手の欲しい情報も必ず手土産の一つとして渡すことが大事じゃ。そうでなくては相手は信用せぬ。お主にそのことが出来るか?儂が、その体を少しほぐしてやろう。一度、身体をほぐしておけば当日に慌てず事が済ますことが出来よう。儂らのようなものは、大概その手ほどきを受けてから事に当たるのじゃ。」


その時の感覚は、壮絶なものであった。これを佐々木と初めてやるとしたら、間違いなく時貞はその場を逃げ出したであろう。小姓上がりの者だけあり、手慣れた動作で時貞を懐柔してはいくが、さすがに最後に受け入れる時は、悲鳴が上がった。しかし、そこは手ほどきの場、いくら失態をおかしても何もおこらない。これから起こすことは命のやり取りになりかねない、わかっては来たが、自分の身でそれが起きるのかと思えば、やはり不安を覚えないわけではなかった。


「ここじゃ。」


着いた場所は、茶屋とは名ばかりの、そう言った類を行える場所であった。表向きの佇まいは普通の茶屋なのだが、一歩中に入れば、異様な雰囲気が身体にまとわりつく、高位の者が来る場所ではないせいか、薄汚れた感がぬぐえない。

店主が佐々木を見ると、深々と頭を下げて、


「いつもの部屋なら開いております。それとも、特別な方をお使いになられますか?」


「むろんそのつもりじゃ。腹が空いておるからここの一番の食事を出してくれ。」


顔なじみなのか、部屋すら用意してあるようだった。部屋に向かう廊下では、今まで前を歩いていた佐々木が横に並び、時貞の腰を引き寄せ自分の横にぴったりと付けた。


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