「運之丞、湯あみを一緒にせぬか?お主も、儂も、血で汚れている。」


「それは構いませんが、怪我は大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃ、二、三日休めば落ち着くと思う。運之丞、肩を貸してくれ。」


運之丞の肩を借り、痛む足を引きずりながら、湯あみの為に部屋から出た。屋敷の生垣から、えもいわれぬ香りが漂っていることに気が付いた。それは時貞が好きな真っ赤なカラ花(バラの花の原種)が咲いていた。それに気が付いた運之丞が、時貞をその場に待たして生垣に近寄り、幾本かつんで戻ってきた、


「四郎様、今年も咲きましたね。一番最初の花を、姉上様にお届け願います。そして、この一本は、四郎様に。」


棘で少し傷ついたのだろう、運之丞の手から血がにじんでいた、その傷に気が付いた時貞は、その手を自分の口元に運びそっと口づけた。時貞自身もそうしている自分に少し驚いたが、そうすれば傷がすぐ癒えるとなぜか思ったのだ。実際、傷はなくなった。時貞の行動を図りかねる運之丞は真っ赤な顔になりながら、


「しろうさま?何??え??」


「バーカ、何を勘違いおこしておるのじゃ。傷を治しただけじゃ。儂と、姉上の為に付けた傷じゃからな。早々に治してやったわ。姉上は間もなく婚礼をあげられるんじゃぞ恋焦がれても運之丞には振り向かぬ。じゃから、これは全部儂のものじゃ。カラ花は儂が後で活ける。」


「四郎様~。そんなぁ~、四郎様自身の怪我は治されないのですか?」


「儂のは、出来ぬのじゃ。自分のは無理じゃ。運之丞、ほれここに口づけてみよ、治るやもしれんぞ。」


「嫌でございます。どうせ、鼻を蹴り上げるつもりでございましょう。」


「なんじゃ、ばれておったかつまらんのう」


そう言いながら、二人大笑いして湯あみをしに歩いていった。運之丞の心の中に微かな不安を残しながら。


それから10日後、約束の時が来た。その日時貞は、赤いふんどしを身に付けた。邪な想いにとらわれぬようにそして、流されぬように、魔を払う意味合いを込めてその褌(ふんどし)を身に着けたのだ。道場に行く刻限には、運之丞の顔は心配で曇っていた、今日の帰りは別と時貞に言われていた、理由も教えられていた。わかっていても、一緒に稽古を受けることが出来ないかと言い張ったが、それも出来ず、早々に帰るように念を押されていた。何度となく時貞に考え直すように説き伏せたが、頑として時貞は譲らなかった。


「儂らにとって、どのような情報も欲しいのじゃ、先ごろまた大がかりなキリシタン狩りがあったばかりじゃ。それには儂への襲撃が関わっているようじゃと父上から聞いたのじゃ。儂一人がここでのうのうとしておれぬ!!儂は、佐々木に抱かれることになっても、同胞のいや、ゼウス様の役に立つのならば、なんでもするのじゃ。」


そういきり立つのである。少年独特の正義の想いに満ちた行動と言っても過言ではないだろう。


「四郎様、くれぐれも無茶をなさらぬように。あなたがキリシタンであるということがばれぬように。」


運之丞の精一杯の言葉がけであった。


夕刻も迫ろうというのに、道場では激しい木のぶつかる音がする。佐々木の特別に鍛錬するといった言葉は本当らしく、剣に関しては色恋の素振り一つなく、容赦なく時貞に木刀を当てる、今日だけで時貞の身体には無数の青あざが出来ていた。


「ここまでじゃ。よう鍛錬された。」


「ありがとうございます。」


「井戸にて汗を流してくるがよい。その後は、儂について参れ。」


夕闇が迫る中で、時貞は井戸にて汗を流し、衣を整えた。歌舞いているといわれるほどの格好をしたのだ。女物の着物を身にまとい、紅を付け、目にも赤いラインを入れた。妖艶な感じがその佇まいからもしてくる。通常の歌舞いているといわれる男どもは、汚い感じがつきまとうのだが、時貞のは、そのような格好をしても、もともとから持ち合わせる気品と、美貌から、ただ、ただ美しく着飾った男でしかなかった。


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