名残惜しげな佐々木の手は、時貞の身体になおも触れたいと血で汚れた手を掴みその血を拭うかのように手の甲を指で撫で上げていた。そうしながらも、さもこの行為は普通の行動だと言わんばかりに話を続けた、


「ふっ、ここでは人目につく、特別に稽古をつけた後にでもゆるりとお相手を頼むのも悪くない。いかがか、四郎殿。」


「それなれば、私とて異存はありませぬ。稽古は何時つけていただけるのでしょうか?」


「ふむ、次の道場稽古はいつであったかな、その日、居残りで稽古を付けよう。」


「なれば、その日は非番の日ということでございますか?それはいつでございましょう。」


「それほどに儂との稽古の日が待ち遠しいのか?それとも、その後の・・・。まぁよい。そうじゃのう、10日後に稽古場に参る。」


「わかりました。その日は私も間違いなく道場に参りましょう。」


佐々木は安心したのか、顔がゆるみ笑みを浮かべた。時貞が手に入ると確信したのだろう、まるで女を立たせるかのように時貞の腰に腕を回し、自分の身体にもたれかけさせるようにして立ち上がらせた。その際、襟足から続く白い首筋に唇を押し当てて軽く吸い上げた。
突然の事と言えども、時貞は声を上げることもせず、何事もなかったかのように振舞った、首筋を軽く吸われたときは、全身から身の毛がよだつ感じがしていた。一瞬の身体の強張りを佐々木は満足そうに


「なかなかの反応をされる。先が楽しみですな。」


と、いいように解釈しているようであった。


半時ほどすると、奉行所の侍ではなく、時貞の屋敷の家来が駆けつけてきた。運之丞が奉行所に向かう前に、屋敷に戻り事の次第を話し時貞を迎えに行って欲しいと伝えたのだ。


「御無事でなによりでございます時貞様、運之丞から聞きましてござる。佐々木様、時貞様と運之丞の危ういところ助けて頂きまことに感謝つかまつりまする。奥方様より、お礼の品を預かってまいりました。お納めくだされ。奉行所には運之丞が行きましたゆえ、間もなく奉行所の方々が到着されると思われまする。時貞様はわたくしどもが屋敷まで連れて戻るように仰せつかっておりまする。」


「これはこれは、御足労いただき誠にありがたいことでございます。これで私も安堵いたしました。時貞殿を、無事に守れたこと誉れでございます。時貞殿、お気をつけて戻られよ。」


家来の登場に内心舌打ちをしつつも、顔はにこやかに時貞の事を気遣うように佐々木はその場を取り繕っていた。


「佐々木様、命を助けて頂き誠にありがとうございました。また、道場でお手合わせ願いまする。」

時貞は、迎えにきた家来の方に担がれるようして、その場を去っていった。


屋敷に戻ると、心配顔で運之丞が出迎えた。


「四郎様、ご無事でなによりです。あの後、何も起こりませんでしたか?」


「身体は触られたがな、それ以上のことは起こらなかったぞ。なんじゃ?それ以上のことが起こって欲しかったような顔しておるではないか。くくく・・・。」


「御冗談を!!まったく、佐々木様のあの目、四郎様の事をなんと勘違いされているのか!!私があの場から去ることを四郎様まで望むとは思ってもみませんでした。」


少し腹を立てている運之丞が面白い時貞は、


「ん?運之丞は儂に惚れとるのか?儂は男じゃぞ??」


「四郎様!!」


からかわれていることがわかった運之丞は、怒り心頭で四郎に背を向けて自分の家に戻ろうと踵を返した。


「悪かった、悪かった。運之丞。許せ、じゃが、あそこで二人で動いてもまた敵に狙われるかもしれん、それなれば、狙われている儂が動くよりも、運之丞が奉行所に走ってくれた方が安全と判断したまでじゃ、でも、礼を言う。屋敷に先に伝えてくれてたおかげで、へんぴな場所で手籠めにされずにすんだわ。ちと、危なかった。」


自嘲気味に話す時貞は、やはりまだ少年、大人相手に策略を練ってみても詰めが甘いところがあったと自ら反省していた。振り返った運之丞の瞳には、涙が光っていた。本当に心底心配していた友をみて、時貞は嬉しかった。


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