遠くから大人の声が聞こえる。「わたしを探しにきたんだわ」ふたりは一瞬どうしようか迷う。すると突然タッカールがアスカの手をとり、声のするほうとは反対側へと走り出した。「どこに行くの」

 ふたりが全速力で走っていると目の前に猫を見つけた。猫はとても驚いたようで、飛び上がってふたりから逃げはじめる。ふたりと一匹はイカヅチ草原を駆けた。なんだかおかしくなってきた。追い風が吹いて、どこまでも走っていけるような気持ちになる。ふたりは心地よさを感じていた。なにか遠い昔にもこういうことをしたことがあるような気がする。

 タッカールの中で野生的な気持ちが芽生え始める。男の子は女の子と出会ってその男らしさを開花させていくのだ。タッカールはアスカの手をとり、ヒョウのように駆けた。まるで前世がクロヒョウだったかのようだ。

 猫を追いかけて、ふたりは猫の隠れ家へとたどりついた。草原の端にある古ぼけた小屋だった。朽ちかけているので誰も住んでいないのだろう。ふたりが隠れ家の中を探索していると、アスカは箱の中に入っているきらきらの石を見つけた。まるで星のようにきれいだ。ヒョウの目のように光っている。タッカールはきらきらの石を見つめて、なにか力がたかぶってくるような気持ちになった。

「わたし、これをアヤへのプレゼントにしようかしら」
「泥棒はだめだよ」

 時刻は夕刻。もうすこしで夜がくる。ふたりは大人たちから逃れて猫の隠れ家に身を隠すことにした。

「みんな、心配しているでしょうね」アスカは身の上話を始めた。

「わたし、妹が生まれてうれしかった。だけど、なぜか複雑な気持ちなの。うれしいんだけど、パパとママをとられちゃったみたいな。すこしさみしさを感じるの」

 猫の隠れ家にボロいベッドがあり、アスカはよごれに気をつけながら座って休憩をする。「あなたも横になったら?」タッカールはあわてて遠慮する。タッカールは床の絨毯の上で横になり、ふたりはすこしのあいだ休憩をとることにした。

 アスカはすこし眠ったようで、タッカールは立ち上がって小屋の中を探索しはじめた。暖炉の上の壁には地図が飾ってある。すこし豪華な装飾をされた地図だ。どこの地図だろう。この近所のものではないようだ。もしかしたら、世界地図かもしれない。まだ世界のすべてを冒険し尽くした者はいないといわれる。遠い海の沖には巨大なシーサーペントが住んでいたりするらしい。タッカールはいつか海に出て海の怪獣をこの目で見たりする、そんな冒険をすることに憧れていた。寝息をたてるアスカを見る。なんとなく、ここから冒険がはじまるような気がした。

 外から音がする。アスカも目を覚ました。大人たちがやってきたのだろうか。すこし開いていた窓から黒い鳥が小屋の中に入ってきた。黒い鳥はふたりを見つけてすこし驚いたものの、特に気にすることもないと思ったのかそのまま小屋の中に入ってきた。口にはきらきら光る石をくわえている。

 「この子が石を運んでいたのね」どこかに隠れていた猫が黒い鳥を迎え入れる。黒い鳥はカラスだった。猫はうれしそうに小さく跳ねながらカラスからきらきらの石を受け取る。まるでプレゼントされたかのようだ。

 タッカールは、カラスと猫はまるでアスカと自分のようだと思った。アスカとは漢字で書くと飛鳥。飛ぶ鳥だ。そしてさっき自分は走っている時にクロヒョウのような気持ちになった。鳥と猫は、アスカとタッカールを象徴しているのかもしれない。鳥が猫にプレゼントをあげる。ぼくがアスカにあげられるものとはなんだろうか。

 カラスと猫は、この古い小屋で一緒に暮らしているようだった。