ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の公式文書における皇帝称号は、時代によって変化しました。特に黄金印章付き勅書(chrysobull / χρυσόβουλλος λόγος)などの正式な公文書では、以下のような形式が用いられました。
1. 初期(6〜7世紀頃)
ラテン語を基調とした伝統的なローマ皇帝称号が主流でした。
- Imperator Caesar Flavius [名前] Augustus
- 例:ユスティニアヌス1世 Imperator Caesar Flavius Petrus Sabbatius Iustinianus Augustus
2. イラクリオス帝以降(7世紀以降)
629年頃からギリシア語の称号が公式に採用され始めます。
- πιστὸς ἐν Χριστῷ τῷ Θεῷ βασιλεύς (キリストなる神において忠実なる皇帝)
3. 中期以降の標準形(9〜15世紀)
最も一般的で長く使われた公式称号です。
[名前] ἐν Χριστῷ τῷ Θεῷ πιστὸς βασιλεὺς καὶ αὐτοκράτωρ Ῥωμαίων
(転写例) [Name] en Christō tō Theō pistos basileus kai autokratōr Rhōmaiōn
意味 「キリストなる神において忠実なるローマ人の皇帝および独裁者(独裁官・絶対君主)」
実例
| 皇帝 | 公式称号の例 |
|---|---|
| ヴァシリオス2世 | Βασίλειος ἐν Χριστῷ τῷ Θεῷ πιστὸς βασιλεὺς καὶ αὐτοκράτωρ Ῥωμαίων |
| コンスタンティヌス10世 | Κωνσταντῖνος ἐν Χριστῷ τῷ Θεῷ πιστὸς βασιλεὺς καὶ αὐτοκράτωρ Ῥωμαίων |
| コンスタンティヌス11世 | Κωνσταντῖνος ἐν Χριστῷ τῷ Θεῷ πιστὸς βασιλεὺς καὶ αὐτοκράτωρ Ῥωμαίων |
補足
- βασιλεύς(Basileus):皇帝を意味する基本称号
- αὐτοκράτωρ(Autokrator):単独の最高権力者であることを強調する称号(共同皇帝と区別するためによく使われた)
- Ῥωμαίων(Rhōmaiōn):「ローマ人の」という意味で、自分たちがローマ帝国の正統な後継者であることを示す重要な要素
公式文書では、この称号の後に「永遠のアウグストゥス」などの付加称号や、王朝名(例:ὁ Παλαιολόγος)が続くこともありました。
(ありがとうございますグロック)
んで、ロシア皇帝が。
ロシア皇帝の称号「神の恩寵による偉大なる君主、全ロシア、ウラジーミル、モスクワ、ノヴゴロド、プスコフ、リャザン、トヴェリ、ユゴルスク、ペルミ、ヴャトカ、ブルガリア、その他」
大体こんな感じ。そうか。そうか。....ト〇ンプこれ名乗りたいわけじゃないよな。。
うりゃーおまけ。
ロシア皇帝(インペラートル)の公式称号は、時代によって多少変化しましたが、20世紀初頭(特にニコライ2世の時代)の完全な正式称号は以下の通りです。
完全な公式称号(日本語訳)
「神の恩寵下における我、ニコライ2世、 全ロシア、モスクワ、キエフ、ヴラジーミルならびにノヴゴロドのインペラートルおよび絶対君主(独裁官); カザンのツァーリ、アストラハンのツァーリ、ポーランドのツァーリ、シベリアのツァーリ(東ローマ皇帝)、ケルソネス・タヴリチェスキー(タウリカのケルソネス)のツァーリ、グルジアのツァーリ; プスコフの領主ならびにスモレンスク、リトアニア、ヴォルィーニ、ポジーリャ及びフィンランドの大公; エストニア、リヴォニア、クールラントおよびゼムガレ、ジェマイティア、ビャウィストク、カレリア、トヴェリ、ユグラ、ペルミ、ヴャトカ及びブルガールその他の公; ニジニ・ノヴゴロド、チェルニゴフ、リャザン、ポロツク、ロストフ、ヤロスラヴリ、ベロオーゼロ、ウドル、オブドルスク、コンジア、ヴィテブスク、ムスチラヴリの領主ならびに大公及び全北方国家の最高君主(執政官); ならびにイベリア、カルトゥリおよびカバルダの地ならびにアルメニア地区の領主(総督); チェルケスおよび山岳地方の諸公その他の世襲領主および支配者; トルキスタンの領主; ノルウェーの相続人、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン、シュトルマーン、ディットマールシェンおよびオルデンブルクの公爵、その他、その他、その他」
ロシア語原文(参考)
Божиею поспешествующею милостию, Мы, Николай Вторый, Император и Самодержец Всероссийский, Московский, Киевский, Владимирский, Новгородский; Царь Казанский, Царь Астраханский, Царь Польский, Царь Сибирский, Царь Херсониса Таврическаго, Царь Грузинский; Государь Псковский и Великий Князь Смоленский, Литовский, Волынский, Подольский и Финляндский; Князь Эстляндский, Лифляндский, Курляндский и Семигальский, Самогитский, Белостокский, Корельский, Тверский, Югорский, Пермский, Вятский, Болгарский и иных; Государь и Великий Князь Новагорода низовския земли, Черниговский, Рязанский, Полотский, Ростовский, Ярославский, Белозерский, Удорский, Обдорский, Кондийский, Витебский, Мстиславский и всея северныя страны Повелитель; и Государь Иверския, Карталинския и Кабардинския земли и области Арменския; Черкасских и Горских Князей и иных Наследный Государь и Обладатель; Государь Туркестанский; Наследник Норвежский, Герцог Шлезвиг-Голстинский, Стормарнский, Дитмарсенский и Ольденбургский и прочая, и прочая, и прочая.
短縮形(よく使われたもの)
「神の恩寵下における我、ニコライ2世、全ロシアのインペラートルおよび絶対君主、ポーランドのツァーリ、フィンランド大公ならびにその他、その他、その他」
補足
- 1721年にピョートル1世が「インペラートル(Император)」の称号を採用してから、公式には「皇帝」が正式称号となりましたが、民衆の間では引き続き「ツァーリ」と呼ばれ続けました。
- この長い称号は、ロシア帝国が征服・併合した地域の支配権を列挙したものです。
















