あの夜の気温
3月下旬になると、いつも16歳のあの夜を思い出す。
当時の僕はどこにでもいる普通の高校球児で、朝から晩まで白球を追いかけていた。
高校に入って初めての冬、あまりに過酷な冬トレーニングに心折れかけていた頃、監督から春休みの大阪遠征の日程を告げられた。
都市の輝きから遠く離れた田舎に住む僕らにとって、「大阪」という言葉はあまり聞き慣れない、どこか遠くの街、という印象だった。
それまでも県内の他地域への遠征には同行していたので、「大阪遠征」とやらも似たようなものなんだろうな、とぼんやり考えつつも、見知らぬ都会に出向き3日間を過ごすという未知の体験に心躍らせた事をよく覚えている。
僕らは県内でもそこそこの進学校に通っていたため、練習は夜7時で終了し、あとの時間は自主練習ということになっていた。とはいえ帰宅する部員は誰もおらず、皆9時前まで揃って練習に励むのが慣例となっていた。
大阪には80円でお茶が買える自販機があるらしい、大阪の電車には切符を買ってからじゃないと乗れないらしい(当時僕らが使っていた汽車は車内で整理券を取る方式だった)、甲子園球場ではあれを食べよう、etc...
春の暖かさと冬の寒さが両存する3月のこの時期には、直前に迫る大阪遠征について仲間達とそんな他愛もない話で毎夜盛り上がった。
肝心の大阪遠征については、甲子園球場から宿舎までの15kmを走って帰ったことや、レフトフェンスが近すぎるいかにも都会的な球場で練習試合をしたことなどエピソードに事欠かないが、それはまたどこかの機会で書いていこうとおもう。
あれから幾年が経ち、あの日憧れた大阪の地で働いている今でも、この時期の夜特有の生ぬるい気温が、あの夜の鮮やかな情景を僕に思い出させてくれる。
