私の師・六浦裕美(カウンセラー、故人)は
「エンカウンターグループではあらゆる権利が保障される」と言っていました![]()
あらゆる権利、
その中には「話したくない権利」や「応えたくない権利」、
そして「傷つく権利」も含まれます。
傷つくことをマイナスに捉える風潮が一般的にありますが、
私は「傷ついた体験」は
“ダイヤモンドの原石”であると捉えています![]()
(「故意に相手を傷つける行為」は除外します)
まず「傷つく」という体験は、
人によって違うという前提があります。
例えば、自分の行動を見ていた人が笑った
という事実があったとします。
笑われたと感じて傷つく人がいれば、
全く気にせず傷つかない人もおられます。
両者で何が違うかと言うと、
「自分の行動を見ていた人が笑ったという事実」
の受け止め方の違いです。
受け止め方は、その方のこれまでの経験によって
自然に形づくられます。
これは一例であり、良い・悪いの話ではありません。
そう考えた場合、
傷つく体験・傷ついた体験というのは、
その人固有のものと言えます。
私が傷ついたという体験は、私のものなのです![]()
そして、傷ついた体験、
またそこから派生する痛みや想いは、
それが種となり成長につながることを
体験的に知っています。
私の場合は、師の許で「傷ついた体験」に向き合い、
痛みとともに生まれるエネルギーを糧に
“気づき”を得る作業を何度も重ねました![]()
痛みを乗り越えて、気づきに至った時の
“師やグループのみんなの力を借りて、
自分で何かを成し遂げた”という、
何物にも代え難い達成感は、他では得難い体験でした![]()
そして気づきの瞬間、
またはその後に意識の変容・行動の変容が感じられた時には
成長の実感が得られ、
私の成長欲求・自己実現欲求を満たすものでした。
このような体験から、
私は「傷ついた体験」が“ダイヤモンドの原石”である
と思うようになったのです![]()
先日脳科学者の中野信子さんがある動画の中で
「(心の)傷は財産」と発言されているのを観ました![]()
「ああ、似たような感覚を持ってられるのかな」
と心に響きました![]()
そして「マイノリティなことでも、主張していいんだ」
と感じた時に、私は無意識に
「主張してはいけない
」
と思い込んでいたのだと気づきました。
「ああ、まだこんな私がいたのか」と、
過去の体験から禁止令を発動している
自分に出会ったのです![]()
「どうせ、わかってもらえない・・・」とのあきらめも
混ざっていたのだと思います![]()
傷ついた体験があるから、それを糧に、
私はカウンセリング道を歩んでいます。
この先も、カウンセリング道の途中で
いくつもの出会いが待っていることでしょう![]()
エンカウンターグループが、
傷ついた体験を語れる場であればいいなと思いますし、
そういう場をつくっていきたいと私は願っています![]()
あなたと出会えることを
楽しみにしています![]()


