【510号】2016/9/26
噂に聞いた通り、高井の指揮は素晴らしかった。
俺は第1ヴァイオリンの最後尾で、はる香の斜め後ろに座り、1年生が固まっている中から、誰よりも大きな音で演奏に加わった。
「第一と第二ヴァイオリン。125小説のG(ゲー)に上がる所。ひとつのフレーズで、移弦すると音色が変わるから、ここはE線ではなくA線のハイポジションで。」
「はい。(後ろを振り返って)みんな、ここでのサード・ポジションへの移動、毎日やろうね」
中川さんが、的確に反応してメンバーに伝える。
(これが、俺だったら・・・)
きっと、こうだろう。
「まー、ここは当然、A線でしょ。3年生はマストね!2年生は、難しいだろうからE線でもいいよ。音程さえ合っていれば、どっちでも。テキトーでいいから」
さらに高井の指示は続く。
「91から。サックスのソロになるけど、工藤さん、楽譜見ないで吹いてみて」
「ええ~!まだ、自信ないです」
「いやいや、やる前にそう言うなよ。ここは、指揮者を見て演奏するところでもない。聴かせどころだから、インテンポで、自由に鳴らしてみなさい」
「・・・・はい」
高井の数回のアドバイスで、工藤さんの演奏がガラリと変わった。凄い。
「じゃ、66まで戻る。全体、フォルテッシモから。いち、に」
オーケストラが吼える。ヴァイオリンとヴィオラの弓が一斉に平行に動く。横に動く、チェロとバスの弓も、きっとそうだ。
見事に統一された動きに、俺は新鮮な感動を覚えた。
(・・・・どこかで、見たことがある)
そう。
「ハンガリアン舞曲第5番」。
1年生のとき、初めてオーケストラで演奏した時の、あの景色が蘇った。
当時も、俺はヴァイオリンの最後尾の席だった。信山先輩が、井川先輩が、ほかのみんなが一斉に弓を上下させてひとつのメロディを奏でる。今となっては「当然」と思えるヴァイオリン奏者の動きだが、当時、本当にその整頓された秩序だった動きに感動したものだった。
数百年前に、一人の作曲家の「頭に鳴った」響きが楽譜となり、演奏者がそれを再現する。その大きな歴史の流れの中で、いま俺たちはそれを受け継ぎ、演奏することを許されている。
偉大な芸術の前に、俺は初めて謙虚な気持ちになったような気がする。
(つづく)