【509号】2016/9/24
「中川さんにあって佐野にないもの。
それは音楽に対する謙虚さだ」
高井の言葉が、ガツンと俺を打ちのめした。
「私が最初に君たちの演奏を聴かせてもらったとき。佐野、君が指揮をしたよね」
「・・・・はい」
(あまりのショックで、声がかすれてしまっていた)
「アルルの女、の前奏曲。君はビゼーの、何を表現したかったのか。或いは、スコアをどれほど読んだのか。第一ヴァイオリンの主旋律だけが頭に入っている状態で指揮をしていたとしか思えなかったよ」
(・・・)
「聴いていて、弾いていて気持ちいい旋律だけをイメージして、好き勝手に指揮していればそれでいいのか?
ああ、佐野だけじゃない、このオケには、「謙虚に」、楽譜に、作曲者に、音楽に向き合う生徒はいないのか?とがっかりしたよ。コンマスからして、そんな感じだったからね。
そんな指揮者であった君の好き勝手な指揮に対して、忠実に演奏しようと誰よりも必死だったのが、その日のコンミスだった、中川さんだった」
(・・・)
「ピアノで(弱く)演奏するフレーズは、どうしても演奏がハダカになるから、みな音程やフレージングに注意するよ。でも中川さんは、オケ全体がフォルテになって、演奏がやや雑になりそうな部分でさえ、冷静さと注意力を失っていなかった。佐野が不在中の練習でも、まさにそうだ」
(・・・そういえば、俺はフォルテになると弾き方が乱暴になると、信山先輩から何度か注意された。先輩たちが卒業してから、誰も俺に注意しなくなった。・・・そう、中川さんを除いて)
ぐうの音もなかった。
「さ、もうすぐ授業が始まる。今日の合奏から参加することになるが、1週間は、一番後ろのプルトで弾いてみなさい。中川さんのコンミスの姿から、何を学ぶか、だ」
促されて、ようやく俺は立ち上がり、よろよろと歩きながら音楽教員室を後にした。
(つづく)