【503号】2016/9/16
樋口が何度も高井に仲裁をしようとしたけれど、全くのムダだった。
ということで、俺は定演前の1週間、その前の期間を含めると10日以上も愛するヴァイオリンを弾けなかった。
当然といえば当然だが、母さんも
「あったり前でしょ、そんなの」
とそっけない。親父も揃って、
「ま、好きな楽器を好きなだけ弾けて、それで謹慎でございます、とはいくまい」
と俺には援軍がなし。
唯一、姉貴だけが
「高井の、やりそうなことよね」
と俺に同情してくれた。
(くっそ~!)
しかし、悪いことばかりではなかった。
幸い、「アルルの女」と「フィンランディア」のスコア(総譜)は手元にあったから、それでひたすらイメージ・トレーニングをすることにした。
それまで自分のパート(第1ヴァイオリン)の譜面はほぼ暗譜していたけれど、時間があったおかげで、その他のパートの流れもじっくりと読み込むことができた。それまで、村岡先生が転任されてからは俺が指揮台に立つことが多かった。でも、指揮をするうえで、じっくりとスコアを読むことって、実はあまりなかったと思う。
自分が指揮すると、思うように奏者が反応し、自由自在に音楽を操れる。その「気持ちよさ」だけに酔っているだけだったかもしれない。だから、調子に乗って
「ここは、フォルテッシモ!」
とか、
「ここから、アチュレ(=加速)するぞ!」
とか、いわば独りよがりの指揮をしていただけかもしれない。
この時に(スコアの前書きを読んでいて)初めて判ったことだが、「アルルの女」の「第2組曲」は純粋にビゼーが作曲したものではなく、ビゼーの死後に友人のギローが劇音楽からの断片をつなぎあわせて「第二組曲」として完成させたのだった。
「第一」と「第二」は、どちらかというと有名な「メヌエット」「ファランドール」の含まれている第二組曲が演奏頻度が高い。
(この現実を、ビゼー本人はどう見ているのかな)
今まで、作曲者の立場になって考えてみたことはなかった俺にしては、新鮮な感情がもたらされた。
(つづく)