【2016/7/6(水) 441号】
市民会館に弁当が届く、少し前。まだ弦楽合奏のリハーサルが続いていた時だ。ここからは、悠木さんから聞いた話だ。
村岡先生が、麻生さんと海野先輩のところに行って、3分くらい立ち話。それからすぐに指揮台に戻ると、部員にこう話したそうだ。
「みんな。突然ですまんが、アンコールは、2曲やる。春に練習したから大丈夫だと思うが、バッハの『アリア』を、ブラームスの次に演奏したい。どうだろう?」
信山先輩は、こんな時でも表情を変えず、
「大丈夫だろ、みんな?」
と部員の意思を確認する。斉藤先輩もヴィオラの梅澤先輩も同意。むしろ、あれだけ練習して定演のプログラムに入れられなかったことが悔しいって皆が思っていたから、きっと村岡先生が気を利かせてくれたのだと皆は思ったらしい。
村岡先生は、珍しく、指揮棒を持たずに『アリア』を演奏したそうだ。終始、無言で。
それで、リハーサルは終了。悠木さんはその時に、やはり何か違和感を覚え、村岡先生と、麻生さん海野先輩とがコソコソ3人で話している姿を遠巻きに見ていた。
「どうも、すみませんでした~!お待たせしました!」
森山と富岡が中心になり、先輩たちに弁当を配る。中川さんたちはお茶を。ゲネ・プロが終わってからの2時間なんて、あっという間に経つから。俺たち1年は、先輩たちから散々そのことを言われていたから、それぞれが自分の持ち場でキビキビと動いていた。
「浩太のやつ。遅いな~あの、バカ。アイスでも食べているんだよ、きっと」
樋口と森山が俺の悪口を言っていたちょうどその頃、俺は走る気力もなく、市民会館への道をとぼとぼと上っていった。
武田先生は、一言だけ、言ってくれた。
「村岡先生、麻生くん、海野くん。事実を知っているのは、この3人だ」。