25日(日)、ふくやま美術館のミケランジェロ展見に行きました。
何で福山にミケランジェロが来るのか不思議だけど、巡回展だとしても不思議だけど、まあラッキー。
雨なので人が少ないかと思って行きました。
想像したほど少なくはなかったけど、でも雨のおかげでゆったり見れました。
良かった。
今年の春に広島のヴェネツィア展行ったり、夏に京都でダリ展見たりしたけど、最近あんまり何見ても感動しなくて、行動範囲が狭いせいだな、じゃいくらミケランジェロでも福山じゃあんま感動はないかと思ったけど、良かったです。
デッサンというか、エスキースの類が多くて、面白かったです。
ミケランジェロでもイメージの出始めはこんな曖昧模糊としてるのか!と。
わずかばかりの線にも絡まりがある。ミケランジェロの頭の中は絡まってるんだろう。
今、頭の中から出て来たばかり、といった風情で、線が紙から空間に溶け出て来る様。
完成はこれですよ、という比較よりも、出たばかりが好き。
昔化学で習ったね、原子の中で電子が永遠に動き続ける話、ミケランジェロの頭の中はあんな感じやったんやろう。
頭、頭というけど、感覚も脳がやってることだし。
全体に信仰の雰囲気も漂っていて良かった。
一番いい信仰心とは、(信仰の世界の中では)何も疑問を持たないことなんだろうけどそれとは違い、ぐらぐら揺れて振れ幅が大きい中に何か感じる、それは自分の中心にあるのか遠く離れた場所にあるのか分からないけど、動くから見えてくる、といったくらいの信仰心は親しみを感じやすい。
ミケランジェロの時代からどれだけ戦争があっただろう。
人体の素描といい、建築の構想の絵といい、今描いたばかりのように生気があふれているので、時間の経過が信じられない。
というよりも、ミケランジェロが未来を見越していたような錯覚がする。
今同時に生きているような感じがする。
↑何か具体的にそういう作品がある訳じゃないです。私の妄想。
建築はね、ドームの中の構造を描いたという「平面図」がみじんも理解できなかったよ。
「平面図」って上から見てるのか横から見てるのかそれすら判別できないよ。
横から見たら「立面図」じゃないんかい。
会期中にもう一回行きたいけど、雨でもない限り人多かろうなぁ・・・。



