ASEAN、ミャンマー選挙を非承認

―「内政不干渉」の限界と、地域秩序の静かな転換点―

ASEAN(東南アジア諸国連合)は、2025年にミャンマーで実施された総選挙について、「民主的正統性を欠く」として正式に承認しない方針を明確にした。これはASEANが長年掲げてきた「内政不干渉原則」に照らしても、極めて異例の判断であり、地域秩序の変質を示す重要なシグナルといえる。

1. 非承認判断の背景

今回の選挙は、2021年のクーデター以降、軍政が主導して実施したものであり、主要野党や民主派勢力が排除された状態で行われた。国際社会では当初から「形式的選挙」「正統性を装うための儀式」との批判が強く、欧米諸国は選挙前から承認しない姿勢を示していた。

ASEAN内部でも温度差は存在したものの、最終的に「民主的プロセスが確保されていない」との評価で一致した点は注目に値する。これは単なる人権問題への言及ではなく、「不安定なミャンマー情勢が地域全体の安全保障と経済に波及している」という、実利的判断が背景にある。

2. 「内政不干渉」原則の揺らぎ

ASEANはこれまで、加盟国の政治体制や政変に対し、原則として介入を避けてきた。しかし、ミャンマー問題はすでに国内問題の枠を超えている。
・難民の周辺国流入
・国境地帯での武装衝突
・犯罪・武器・麻薬の越境拡散

これらはタイ、インドネシア、マレーシアなどに直接的影響を与えており、「沈黙=安定」ではなくなった。今回の非承認は、ASEANが安定を優先するために原則を修正し始めたことを意味する。

3. ASEANの分裂と再調整

もっとも、ASEANは完全に一枚岩ではない。
• 民主主義色の強いインドネシア、マレーシア、フィリピン
• 軍政や権威主義体制に理解を示す一部加盟国

こうした立場の違いがある中での「非承認合意」は、最低限の妥協点ともいえる。同時に、ASEANが「価値共同体」ではなく、「秩序管理共同体」へと性格を変えつつあることを示している。

4. 中国との関係:南シナ海との連動

注目すべきは、ASEANがミャンマー問題で踏み込んだ姿勢を見せる一方で、中国とは南シナ海行動規範(COC)策定に向けた月例協議を継続する方針を確認している点だ。

中国にとって、ASEANの結束は管理すべき対象であり、分裂は利用すべき余地となる。ミャンマー軍政は中国にとって重要な影響圏であり、ASEANが軍政を非承認とすることは、間接的に中国の地域戦略にも影響を与える。

しかしASEANは、中国との対話チャンネル自体は維持することで、「価値では対立し、秩序では協調する」という二重戦略を選択している。これはASEANが大国間競争の中で生き残るための、現実的バランスともいえる。

5. 日本への含意

日本にとって、この動きは軽視できない。
• ASEANは「安定志向」から「条件付き秩序介入」へ移行
• ミャンマー支援のあり方を再定義する必要
• 中国・ASEAN関係の変質を前提にした外交設計

日本がこれまで重視してきた「ASEAN中心性」は、今後、より政治的判断を伴う枠組みへと進化していく可能性が高い。

6. 結論:静かな転換点

ASEANによるミャンマー選挙非承認は、表面的には一つの声明に過ぎない。しかしその内実は、
• 内政不干渉の再定義
• 地域秩序維持のための政治化
• 大国間競争下での主体性模索

という、ASEANの構造的転換を示している。
これは「強い決断」ではなく、「生き残るための最小限の変化」であり、だからこそ今後の影響は長く、静かに広がっていくだろう。