SPEC 考察 (もどきのネタばれ有りなメモ帳)

SPEC 考察 (もどきのネタばれ有りなメモ帳)

SPEC(ドラマ/映画)に関する個人的なメモ。
ネタばれも含めており、他の方の記事などにも影響されてますので、読み物としては成立してません。ご注意下さい。

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ケイゾク、TRICK、SPECを並べて考えてみた。

個別に様々なテーマがあるが、今回はケイゾクサーガとしての面のみを考える。
結局は、SPECの設定によりどうしても"後付け感"が出てしまうが、これは仕方がない。。

まず、SPECの設定では以前からスペックホルダーの存在が確認されていたが、表向きには存在しない公安零課による水面下での活動が行われてきた。
また、"近年"になってスペックホルダーが増加傾向にあり、公安零課だけでの対応が難しくなっていると考えられる。
そこで未詳が設立され、ガセネタか否かのチェック(取りこぼしの防止?)を行うことが本来の目的と言えよう。

ケイゾクでは、自称霊能力者が真山に未来予知を残し、それが現実となる 描写がある。
当時は"え?本物?"くらいにしか思わなかったが、これがスペックホルダーの存在を仄めかす布石となった。
ドラマが放送されていた当時としても、異常な犯罪者は存在しても、能力者だとは認識していない。
つまり、この頃からガイアによって勝手にSPECを与えられたスペックホルダーが増加し始めたと考えるなら、"ケイゾクサーガ"におけるケイゾクとは、まさに序章だったのだ。
ただ、劇場版のビューティフルドリーマーでは、アサクラという存在によりケイゾクサーガの核心に触れることとなるが、この終わり方こそ、最良だったと思う。
もし柴田&真山ペアが復活し、ケイゾク2としてドラマが製作されていたとするなら、シナリオはSPECのような展開を見せただろうか?違和感しかないと思う。

では、TRICKはどうか?
TRICKも霊能力者は存在しない、すべてはトリックだとする視点で、本物の霊能力者を探すものである。が、実際には山田と上田のラブコメで良いと思う。
ラストステージでは、スペックホルダーとしか読めない字幕が出るなど、分かりやすいファンサービスが行われた。
しかし、ほとんどの回ではギャグで回収してしまうため、ケイゾクサーガとして捉えるなら外伝のようなもの。
ちなみに、劇場版バトルロイヤルで佐藤健さんが演じた役では、幼馴染みの入れ替わりトリックによって事故が起き、その結果としてSPECが芽生え発動したような描写がある。
ここの設定は一応統一しているようだ。


これら作品は、ケイゾクサーガという世界観にどう接し ているのだろうか。
ケイゾクは、弐係の柴田をはじめとするあくまでも"デカ"達が、事件を追うことでこの世界観の片鱗に触れてしまった、という話だと思う。
当時、朝倉は得体の知れない異常者、ないしは能力者?程度の存在であるが、そのインパクトは凄まじかった。

TRICKでは、霊能力者を探す行為が間接的にスペックホルダーへと繋がっているだけに過ぎず、一般人が遭遇した不思議体験といったところか。
もちろんキャラや演出などは楽しめたが、あまり他の作品と絡めず、単体として見た方がラク。

最後にSPECとなるが、ケイゾクで描かれた片鱗、その正体とは?という視点で物語の中核に迫った作品である。
当麻による理路整然とした推理(説明)によって、いくつかの事が繋がり、 いくつかの謎がより一層深まったが、難しいバランスだっと思う。
最終的にアサクラの登場によって突き放された感があるが、これもしょうがない。


結局、自分が何を言いたかったのかがさっぱり分からない。。

堤監督が動き出しているようなので、新たなケイゾクサーガであることを、期待したい。