以前参加した研修会から
講師の先生のお話の中に
今の中高生は学校にいる時間で一番顔がほっとしているのは
授業の時間と休み時間の間のチャイムのあの瞬間だけです
授業の時間と休み時間の間のチャイムのあの瞬間だけです
という言葉がありました
何故かというと、
授業中は成績を上げるために一生懸命に勉強をしている
そして
休み時間は友達に気を使い
元気で明るく時々ジョークを言える普通の子を演技しているのだそうです
そうして仲間意識を高めている
いつでも
普通の子=元気で明るく時々ジョークのいえる子
でいないと
自分の存在がなくなる、友達であることを認めてもらえない
という意識があるらしい
授業中は成績を上げるために一生懸命に勉強をしている
そして
休み時間は友達に気を使い
元気で明るく時々ジョークを言える普通の子を演技しているのだそうです
そうして仲間意識を高めている
いつでも
普通の子=元気で明るく時々ジョークのいえる子
でいないと
自分の存在がなくなる、友達であることを認めてもらえない
という意識があるらしい
親友といえる友達の前では特にそうらしいです・・・
親友の前で悩みを持ったり
暗い表情でいることができない
親友の前で悩みを持ったり
暗い表情でいることができない
けれど、本当に欲しいと思っている友人は
悩み事を聞いてもらえる人、話せる人
悩み事を聞いてもらえる人、話せる人
あまりにも矛盾していますね
やはり、
小さいときから人との接点が薄く
人間関係に自信がないのでしょうね
顔見知りの同い年の子がいたとしても
交わり、長い時間過ごすことがない
けんかをする経験もなく
人と意見を交わすことが怖いのでしょうか・・・?
小さいときから人との接点が薄く
人間関係に自信がないのでしょうね
顔見知りの同い年の子がいたとしても
交わり、長い時間過ごすことがない
けんかをする経験もなく
人と意見を交わすことが怖いのでしょうか・・・?
最近では小学校でも
子どもたちの衝突があまりないようにとか・・・
リーダーーシップを取れる子を各クラスに振り分けたり
昔以上にクラス編成に大人の手が入り込んでいるところもあります
以前、1年生を担当する先生から
「新年度、まず子どもたちの関わりがうまくいくように
嫌な事をはっきり伝え、いじめなどがなくなるように
『やめてください!』という言葉を大きな声を出して言えるように
練習させています」
と言う思いもよらないお話を聴きました
(1年生でこんなことを練習? どうしても納得いきませんが・・・)
家庭でも
親と向き合った会話が少ないのかもしれませんね
先日のテレビで
非行にに走った青少年が
両親に対して
「しっかりとしかって欲しかった」
「自分を気にかけてくれていない気がして寂しかった」
と言っていました
親自身も自分に自信がもてない人が増えてきたのでしょうか?
親と向き合った会話が少ないのかもしれませんね
先日のテレビで
非行にに走った青少年が
両親に対して
「しっかりとしかって欲しかった」
「自分を気にかけてくれていない気がして寂しかった」
と言っていました
親自身も自分に自信がもてない人が増えてきたのでしょうか?
なんか・・・
完璧な親なんて子どもも要求していませんよね
自分を認め、向き合って欲しいのですよね
完璧な親なんて子どもも要求していませんよね
自分を認め、向き合って欲しいのですよね
子育てが難しくしなっている環境の中で
それ以上に子どもの心を複雑にしているのは
子供の周囲にいる大人のように思えます
手をかけすぎて余計に難しくしているような・・・
それ以上に子どもの心を複雑にしているのは
子供の周囲にいる大人のように思えます
手をかけすぎて余計に難しくしているような・・・