
本土ではどうなんでしょうか?
沖縄では、亡くなって丸2年を3年忌と呼びます。
5-FUをぶら下げたまま。
仏壇にお線香を上げさせて頂きました。
彼とは、公立学校時代に同僚でした。
なぜかとても気が合って、別々の学校に移ってもずっとつき合いが続き、何度も一緒に海外に行きました。
本当にお世話になりました。
去年の命日に合わせて、地元の新聞が記事にしてくださいました。
過去ログに、新聞記事が載っています。
私にすい臓がんが見つかり、見送ってもらうことになっていました。
でも、コロナは全てを逆転させました。
あの時は、まだコロナ患者が珍しかったころ。
だいたいの住所や年齢、職業が報道されており、気になって電話しました。
もしかして、君のこと?
そう、ゴホンゴホン。苦しい!
ごめん。じゃあ、退院したら会おう。
これが最後の会話でした。
親友でした。
亡くなったと分かった時は、何日も涙が止まりませんでした。
共通の友人も誘ってお邪魔し、一時間あまりお話しました。
ご家族も、私たちもたくさんの思い出話で、少しずつ落ち着くことができました。
彼も私もガジェットオタク。彼が探していたものを見つけたり、美味しいお店を見つけたりすると、連絡しなきゃ!
今でも彼に電話しようとすることがあります。
死ぬまで忘れられない人です。
最低5年は生きるつもりだからね。
そっちで、オタク仲間を見つけて、私が来るまで待っていてください。
明日、5-FUの抜針です。