お師匠から常に言われていることのひとつに、"自主練の大切さ"があります。日々の自分の練習が一番重要で、それが全てに反映される。クラスの中にも、外にも。毎日の練習の後にいつも何かがあるというわけではありませんが、時々深い気づきが促されることがあります。昨日新月の自主練がそうでした。

助産婦をしている受講生さんが赤ちゃんの取り上げの話をしてくれたことがあるのですが、生まれてくる命はほんとうに奇跡のようなものなんだな、と感じました。ヴェトナム人の禅僧ティク・ナット・ハンは、奇跡というものは何か特別なものではなく、この地球を歩くことこそがそうなのだと書いています。

毎日、気づかないまま出会っている多くの奇跡。青い空、白い雲、緑の葉、黒い闇、好奇心に満ちた子供の瞳、わたしたち自身のふたつの目など――すべてが奇跡以外の何物でもないのです。

とても素敵なお言葉で心にすっと入ってきましたが、それを身を持って自分の感覚として感じたのが、昨日の自主練でのシャバーサナでした。シャバーサナ中は、時にこういったことが起こります。以前も肉体の内側にあるエーテル体を観たことがありました(エントリはこちら)。


redLily


スタジオのお花は、珍しい赤いユリを生けています。


昨日のシャバーサナも、もや~っとしたものに包まれているような筋肉の弛緩を心地良く感じて横になっていました。すると体の中の声のようなものが湧き上がり、頭がクリアになっていきます。自分の肉体を動かし、休ませ、とめどなく呼吸を繰り返し生命を保つ純粋意識、自己治癒力や免疫力などの自然知性の存在に圧倒され、この命が存在していることが奇跡なのだと強く感じました。なんというか、命と親密になったような感覚です。

朝から夏のような青空に白い雲が浮かび、スタジオの中からお隣の庭に反射する明るい日差しを見ていて幸せな気持ちになっていました。その沖縄にいることが祝福であると思われる天気が、生命礼讃を導いてくれたのかも知れません。

続いて何の脈絡もなく、お師匠の合宿指導者トレーニングに参加する数日前の自主練を思い出しました。その様子、というよりもその時の空気感です。似たようなお天気だったのかも知れません。その空気感を味わっているうち、「ああこれは、繋がりを感じているんだな」、と解りました。

オキシャンティ卒業生で長野在住のミヨさんは、今年お師匠の指導者トレーニングに参加されます。私と同じく合宿です。数年前から指導者トレーニングを受講したいという話は聞いていて、いろいろ迷っていましたが綿本ヨーガに決められました。最近は難関だと聞いているので、審査が通ったと連絡いただいた時は自分のことのように嬉しかったです。

自分の命の奇跡を理解した後に感じた繋がりとは、"目覚めた者"を目指して瞑想する人たちが座る場所、無数の人たちが座り、これからも座っていく、"仏陀が悟りを開いた地点"を念ずるのと似ている気がします。

もうすぐトレーニングが始まるミヨさんと、同じ場所にいると感じたのです。自主練のスタイルはアシュタンガでしたが、普段意識しておらずとも、しっかりお師匠の教えを刻んでいるのだと思いました。

その後新月の願い事を書き出してから引いた、バガヴァット・ギーターカードにちょっと身構えたのですが、出てきたのは「アースラ/悪魔的性質」。解説を読むと、苦しみを生む3つの扉、カーマ(強い欲望)・クローダ(怒り)・ローバ(貧欲さ)と、それに惹かれる悪魔的な質、ラジャス(激情)とタマス(鈍性)の関係が書かれてありました。


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目を見張ったのは後半の解説で、身の回りのものを見極め、主観的な価値や感情、思い出が染みついているもの、必要もないのにしがみついているものを手放してみましょう、というくだりです。自分の想いを分析し、もの(人でもある)への期待と欲望から自由になりましょう。

実は今回の新月の願い事にくるトップ項目は、まさしくこれであります。

自由な風に吹かれ、気持ちよくYOGAに生きるため、自分が住む環境も、心もからだも浄化していく。自分を大切に日々を過ごしていきたいと思います。それは、私の命を生きること。昨日の自主練の後にそうするのだと、心に言いました。











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