シャンティ(ピース)マントラのひとつ「サハナ・ババトゥ」は、学びが始まる前に唱えるもの。
好きなマントラですが、ヴェーダーンタ系のスクールに通ったことはなかったので、クラス前にこのマントラを唱える経験はありませんでした。

マントラというとちょっと抵抗感がある方々もいると思いますが、広く唱えられている「ガーヤトリー・マントラ」は、日本の縄文時代の唄が現代も歌われているようなもので、インド全土で慕われています。
私がイベント、WSの後に唱えているのは、おそらくヨギたちの多くが愛しているピースマントラ、「みんなが幸せで自由になりますように」と唱えるLokah Samastah Sukino Bavantu です。アシュタンギがプラクティスの最後にいつも読誦するマントラでもありますが、マドンナもハウスバージョンで歌っていましたっけ?

「サハナ・ババトゥ」を初めてじっくり唱えたのは、NYから沖縄に移動するまでの半年間の東京で、ヨーガに明け暮れていた日々に出会ったナダヨガのWSでした。「Nada」はサンスクリット語で音を意味し、ナダヨガはその宇宙のエネルギーを音として受け止め、声とシター・ギターを初めとする楽器を用い、キルタンを演奏するなどして共鳴していくヨガです。


 

sahanavavatu

 

ナダヨガWS時のハンドアウト、"Prayers&Mantra"のテキストのSahanavavatuのページ。
私の書き込みがあって読みづらいかと思いますが、一番上がサンスクリット語、
その下に発音のためのローマ字、一番下が英訳です。




Yukiさんというとても素敵な先生の、AUMの輪唱から始まるそのWS参加から、マントラがとても好きになりました。

NYから戻った当時、心身共にかなりバランスを崩していました。元気になりたいといろいろな事を試していた折、不思議なことに、そのナダヨガのWSを受講してから坐骨がしっかり安定して座れるようになったのです。そのことを毎日入り浸るように通っていた広尾のビーヨガの、やはりキルタンやマントラがお好きな先生に話したら、偶然ではないでしょう、その経験からだろう、と言われていたのを覚えています。


ヨーガ・スートラにいろいろな解釈があるように、このマントラにもいろいろな訳があるようです。参加している沖縄YICの教科書で使用しているものも、私がナダヨガで受けたものとは違います。
ですが、最後の素敵な言葉は同じです。

     Mā vidviṣāvahai
     マー ヴィッヴィシャーヴァヘイ
     私たちが互いに争うことがありませんように


この祈り、今の世の中で切実かと思われます。小さくは自分の周りの人間関係、大きくは国家間まで。違う見方からは、人間と植物、動物、それを含んだ自然環境。
それを何千年も前に目撃し考察していた、ヨーガの精神性と知性は侮れません。
マントラは、それを教えてくれます。争いや対立はいつもあったという教えとともに。


ラビシャンカールのアルバムから聴いてみてください。インドに行きたくなります。

 


 

 

 

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