父に優しくなれない。とげとげしくなってしまう。
最近になって、10代の頃に妹と比べられたり、欠陥品みたいな扱いをされた怒りがジュクジュクとその当時の様な怒りではなく、静かな醜い怒りがある。
人生が上手く行っていたら、過去のことなんか全て流せたんだろうけど。
だからこの怒りは私にも大きく原因があると思う。
でも頭では許せても感情ではまだ恨みがある。
歳をとって弱くなった父。
自分の事は全て自分でできるけれど、やはり体力が落ちてきていて老いを感じているんだろう、子供達に気を遣っているのが分かる。
以前の様に思う事を言わず我慢してる。
私は辛い時に散々酷い事を言われた。
今父を傷つけるのは簡単だ。
正当性のある事でさえ、今の父を十分傷つける事ができる。
優しさが正当性の先にたつべきなのにね。
私が苦しかった時、それが全く無かった。
正義を振りかざして私の気持ちなんかお構いなしにいろんな事を言われた。
今、私が全く同じ様に行動したら・・・と思ってしまう自分がいる。
実家に行くのが憂鬱。
行かなければいい話なんだけど、どうしてもちょくちょく行かなければならない。
このくすぶった怒りはどうすればいいんだろう。
カウンセリングでは、「お父さんに手紙を書いて、それを今度のカウンセリングの時に読んでみましょう」って言われたけど、何か照れくさいと言うかぎこちないと言うか、興ざめと言うか。
全てを父のせいにしようとしているんじゃないかという疑問もある。
なんだろう、私の自己卑下の本当の原因は。
父が私に理解があったら、ここまで対人恐怖は進んでいなかったのか?
果たしてそれはどれ位の差を生んだのか?
分からない。
ただ、今怒りを向けられるのは、自分自身以外は父だけだと言うのは事実。
怒りを転嫁してるのか。
それともこの怒りは出して乗り越えるべきものなのか。
傷でもそうだけど、膿を出さないと治らない。
私はこれまで、一生懸命絆創膏を替えたり、痛み止めを飲むだけをしてたんだと思う。
ただ人生の不満を誤った方向に向けたくない、八つ当たりしたくない。
自分が情けなく、醜く感じる。
心のどこかで「自分のしたことを思い知ったか」って満足している自分がいる一方、父を可哀そうと思う自分がいる。
父はなぜ私が急に冷たくなったのかわからないだろう。
そして他に相談する人もいないから、寂しいに違いない。
老いも手伝って、不安で怖いかもしれない。
何より虚しいと思う。
一生懸命働いてきて、老いて体が弱くなって心細くなった時に子供に冷たく当たられる。
醜い。こう書いて自分を律してるふりしてるわけじゃない。
本当に醜い。醜い部分がある。それをどうしていいのかわからない。
どうしていいのかわからないのは、きっと心では父に、どんなに父がしたことに傷ついたかという事を知って欲しいからだと思う。だからこの怒りを終わらせたくないんだと思う。
でも言う事もできない。言っても何もプラスにならない気がする。父にも私にも。
自己憐憫に酔っているのかな。
私より辛い人生を生きている人はごまんといるのは分かるんだけどね。
考えが堂々巡りで上手くまとまらない。
自己否定の原因がもし父だとしたら、伝えるべきなのかそうでないのか。
それとも自己否定の原因はもう忘れて、これからだけを考えて進むべきなのか。もし進んでいければね。
ただ、自己憐憫は間違い。
それには何のプラスもない。
