最終日の午前中、松江市内を観光した後
帰路ルートについて米子経由か尾道経由か悩みましたが
通行料が無料であることから「松江~尾道道」を利用することに・・・。
っで、山口でも島根でもありませんが
福山市の「鞆の浦」に向かいました。
「鞆の浦」に初めて訪れたのは50年以上前。
中学校の修学旅行で香川県の多度津港からフェリーで移動し
広島に向かうため通過しただけで観光した記憶はありません。
瀬戸内海のほぼ中央に位置する鞆の浦は、昔から潮待ちで栄えた港町です。
穏やかな海と島が織りなす景観美や、江戸時代から続く古い町並みは
どこか懐かしく、新たな発見や感動がひそんでいます。
<福山駅観光案内所「鞆の浦マップ」より引用>
下は鞆の浦のシンボル「常夜灯」です。
現存する江戸期の常夜灯の中では日本最大級。
基壇からの高さは11mです。
鞆の浦には、常夜灯や雁木、舟番所跡、
防波堤の大波止や、船の整備を行う焚場跡といった
江戸期の港湾施設がほぼ当時のまま残っています。
<福山駅観光案内所「鞆の浦マップ」より引用>
また幕末期の遺跡「太田家住宅・鞆七卿落遺跡」が
この地にあることを初めて知りました。
現地では以下のように解説されています。
維新の夜明けも近い1863年(文久3年)8月18日、
尊王攘夷を主張する三条実美ら7人の公家は
公武合体派に追われ都落ちをしました。
一行はここ旧「保命酒屋」に立ち寄り、その時、
三条実美は保命酒(竹の葉と表現)をたたえる和歌を
残しました。
主屋の太田家住宅と向かいの別邸「朝宗邸」は
18世紀中頃から19世紀初期の建物であり
ともに国の重要文化財に指定されています。
世にならす 鞆の港の 竹の葉を
斯(か)くて嘗(な)むるも 珍しの世や
最後に中学校の修学旅行の際下船したフェリー乗り場を訪ねました。
フェリーに乗ったという記憶しかありません。
現地の方に尋ねるとここだと教えてくれました。
何か懐かしくなりました。
対岸の多度津港については過去のブログに取り上げています。
お時間があればお立ち寄りください。



